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MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
52
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳を越えてしまいましたが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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2017年3月11日、あの震災から6年が経ちます。自分の周りで、そして東北の被災地であのとき何があったのかを改めて思い出しています。

大きな地震の揺れが最初にあり、津波、原発事故、物資の買い占め、デマ、余震、計画停電、世の中が大きく動きました。

被災地が復興へ向けて進む一方、原発事故が原因で自宅へと戻ることができず、現在も12万人もの人たちが避難生活を送られているそうです。

放射性物質という人間の手には負えないもののため、原発が関連した被災への対応にはとても長い時間がかかってしまうと思います。信じられないのは、そうやって福島から避難してきた人たちへのいじめがかなりの件数で存在しているという報道です。

そうした報道を耳にするたびに思うのは自分自身のことです。

私は第二次大戦中に長崎に投下された原子爆弾の被爆二世です。私の生母は爆心地から1.8キロの地点で被爆しました。14歳でした。

被爆後には、放射線の影響で髪の毛は抜け落ち、身体には紫色の斑点が現れ、強度の貧血で起き上がることもできなかったそうです。祖母は母の死を覚悟していたと言います。

20歳近くまで貧血に悩まされていたそうですが、姉を出産したあたりから元気を取り戻し、その13年後に私が生まれました。

自分の肉体的なことに関して言えば、被爆二世であるということを自覚するようなことは、52年間まったく起こっていません。現在でも、年齢以上に元気だと思います。母も兄妹も皆元気です。

けれども、自分が被爆二世だという意識は常に持っています。それは、放射能という目に見えず感じることもできない、厄介なものが原因になっているせいだと思います。


だからだと思います。原発避難者へのそういったニュースを聞いたり読んだりすると、胸がぎゅっと締め付けられる思いがするのです。

そして、こういう言葉がアタマの中に浮かんできます。母は死ななかった、自分も兄妹も(孫も)元気だ、何も問題は無いから原発事故で避難した人をいじめたりするんじゃねえ…と。

私にはもう理屈でも感情でもないのです。理屈と感情を超えたものになっているのです。物心ついてから現在まで、「被爆」ということに対してずっと抱えているものがあるからです。

原発に関する報道を読み聞きしていて、「放射能がうつる」などという言葉(うつりはしないことは絶対に理解しているくせに)そういう言葉を口にする無神経さに腹が立ちます。

母は被爆したくてしたわけじゃないのです。福島の人たちも同じです。避難したくてしてるわけじゃないのです。自分がその立場になったら、と想像できないのかと思います。それが思いやりです。



3月11日は祈る日です。震災で亡くなられた方、そしてこれからの復興、それらに関わっているたくさんの人のことを思ってお祈りしたいと思います。

PRAY FOR 東北、PRAY FOR 日本。





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海から戻る途中、クルマがトラブルを起こしてしまって、店を開けられませんでした。ご来店いただいた方、申し訳ありませんでした。今、やっとひと段落つきました。

明日は平常通り営業いたします。


ご存じだとは思いますが、私はルノーのカングーというクルマに乗っています。フランスのクルマです。サーフショップを始めてまだ3年めの2003年、フルゴネットタイプのクルマを探して出会ったのがこのカングーでした。


私はクルマに関しては、大したこだわりは持っていません。見た目がそれなりに良く、ボードが積めて、よく走ってくれればそれでOKというタイプです。洗車もあんまりしません。

それでも、ちょっと面白い形のクルマだと喜んで乗り始めて、はや15年。走行距離は147.000㎞台ですが、変わらず快調に走ってくれています。

長く乗っていると愛着がわいてくるのは当前のことですが、15年のあいだに新しいモデルがいくつも発売され、自分が乗っている年式のモデルがすっかり旧式になってしまった今、さらに愛着が深くなってきました。

私のカングーの旧式のハッチバックドアは2003年以降は輸入されていないので、同じ形でもハッチバックをみかけるのはかなり珍しいことです。

インテリアはそれ以降のモデルとは違って、鉄板むき出しのトラック仕様 笑。乗用車に普通についている、ハンドルの位置の調整機能もありません。ヒトがクルマに合わせてます。

そんな旧式のカングーですが、こいつもう古いなあと思ったら、すっかり愛おしくなってしまいました 笑。

いろいろ頑張ってくれているのです。

結構な本数のボードが積めます。

10フィートのオンフィンノーズライダーもすっぽりです。はみだしているように見えますが、上の状態でもバックドアのガラス部分は後ろへ膨らんでいるので、問題なく閉まります。

荷室の床は樹脂むき出しのトラックの荷台状態なので、掃除も楽ちん。内装も鉄板むきだしです。トルクがあるので、重いものを積んでもグングン走ります。



いままで洗車も満足にしてあげずに、汚れたら汚れっぱなしでしたが、これからは古くなった分、キレイにしてあげようと思っています。



まだまだ走って頂戴、カングーさん。


おしまい。


お知らせ:明日、1月7日(土)は都合により、午後2時のオープンになります。よろしくお願いいたします。

昨日は定休日でした。いつもならリペア工場、シェイプルームがルーティーンなのですが、まだお正月でみなさんお休み。なので私も一日のんびり。久しぶりに映画館へ映画を観に行ってきました。

観たのは「この世界の片隅に」というアニメ映画です。制作資金をクラウドファウンディングで集め作られた映画で、SNSの口コミで広がり評判を呼んでいる作品です。近所の小さな映画館で、年明けから上映され始めたので、たまには映画でもと、出かけてみたのですが…。

いやー泣きました 笑。となりに座っていたおばちゃんなんて、ずーっと泣いてましたから。

太平洋戦争前後の時代の広島と呉が舞台で、戦争がテーマの映画と言っていいと思うのですが、悲しくて出てくる涙じゃなくて、爽やかな気持ちに気が付かないうちに涙が溜まっているという不思議な感じでした。

ネタばれしないように書きますが、女優の「のんさん」が声を務める、少々おっとりした性格で絵を描くことが好きな「すずさん」という女性が主人公で、すずさんの子供時代から、お嫁に行って戦争が終わるまでの暮らしを描いています。

すずさんは、戦時中の物資が窮乏していく中を、おっとりとしたペースでかなりボケつつ、たくましく生きていきます。呉は軍港ですから、戦争後期になってくると激しい空襲を受けます。広島には原爆が落ちます(見ている方はそれを知っていますから、ドキドキが止まらないのです)

当然のように家族や回りの人たちの中には、それに巻き込まれて死んでいく人が出てくるし、すずさん自身も右手を爆弾に吹き飛ばれてしまいます。

右手を無くし、死を悲しみ、それでも家族ととにかく生きていこうとするすずさんはあいかわらずおっとりとしています。強い調子のせりふがほとんど無いせいか、見ている方はいつのまにかすずさんの気持ちの中へと引き込まれているのかもしれません。

戦争の悲惨さが描かれているのですが、観終わったあと、なにか爽やかな風が吹いているような気持ちになる不思議な作品だと思います。

素晴らしい作品だと思います。ぜひ見てください。




TIKI 8’4”アップしました。MENEHUNE BEACH STOREホームページ ご覧ください。明日はこのTIKIのお話しにいたします。




今日はこれでしょう。


そうして広島の原爆から、71年目の日だということも忘れちゃいけません。




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