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MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
52
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳を越えてしまいましたが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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10フィートの長さで作ったプリモですが、グライダーは久しぶりの登場なのでもしかすると、なんで10フィートなの?と思われている方がいるかもしれません。そこで昔のメルマガに若干手を入れてグライダーという特別なボードを書いてみました。

グライダー、本当はもっと長いものが理想(11フィートオーバー)なのですが、取り回しの楽さとカラダへの負担(腰です)を考えて10フィートに抑えて作りました。

グライダーはロングボードでもまだテイクオフできないような緩い波の斜面から滑り出して、波に合わせながら岸まで乗り継いで行きます。

グライダーの魅力は、スピードと大きな浮力から生み出される浮遊感だと思います。波のフェイスに起きる風をつかまえて、波間を滑走するペリカンになったような気持ちになります。とてもシンプルですが特別なサーフィンなのです。






グライダー /2005年9月 メールマガジンより

無風の海面に沖からうねりがゆっくりと近づいてくる。目の前に伸びているシャープでとても長いノーズを岸へ向け両手でゆっくりと漕ぎ始める。先に進み過ぎないようパドルのスピードを調節しながら、波が押してくれるのを待つ。ほんの少しだけテールが持ち上げられた感覚があるのと同時にボードが滑り出す。

立ち上がるのに必要な速度を得たことを確認し、ボードの前寄りの位置へヒザを曲げ気味に立ち上がる。スタンスはパラレル。波のフェイスはまだ緩い斜面だ。パラレルスタンスのまま、少しのあいだ岸へ向かって真っ直ぐに滑りながら波が立ち上がってくるのを待つ。

波が立ち上がってくるのを見計らい、フェイスにレールを入れ横へ滑るターンをするために1歩、2歩と後ろへ下がり、後ろへ引き気味にした効き足に体重をかける。目の前の長くシャープなノーズは立ち上がり始めた波のフェイスへと向きを変え、スピードが急激に増し、波のフェイスを滑走し始める。

パラレル気味にスタンスした波側の足へ体重をかけるとレールが食い込み波のフェイスをボードが上がり始める。こんどは波を降りていくため、早めのタイミングで逆の足へとヒザとモモと使って自分の体重を押さえ込むように乗せていくと、ボードは波のフェイスをスピードに乗って降り始める。ボリュームがあるグライダー特有のトリミングのスタイルだ。

すでにピークに達した波頭が前方で白く崩れ始める。白波の下に僅かに残るフェイスを目指して波側へと加重しすぐに力を抜くと、腰を落とした体勢のまま、白波の下を貫通するように簡単に走り抜けていく。

白波の向こうにフェイスの終わりを見つけると次の動作へと移るため、ボードの後方へと移動する。ストールしてしまわないギリギリの位置に立つとボードは減速し、後ろ足への少しの体重移動だけで長いボードは波のカールへと向きを変える。カールへ戻ったボードはまたスピードを得て、スピードを保ちながら滑って行く。

波が岸へと近づき、終わりが見えてきたところでまた後方へと移動しながら減速し、波側へ加重しながら波の裏側へ出る。立ち上がった体勢からボードの上へ跨り、岸へと崩れる波の最後を見届ける。

ノーズライディングも無し、クラシックなドロップニーターンは必要最低限、長いボードの上をあちこちに移動しながら体重をかけたり抜いたり…スピードを調節し、ボードの向きを変えながらロングボードより沖からテイクオフし、ロングボードより速いスピードでただ岸まで乗り継いでいく。このボードに乗って楽しいのは最低限の動きで10フィートのボードを操りスピードとグライドを味わうこと。

ショルダーが張ったフェイスを滑走する感覚は、波のフェイスに発生する上昇気流で波乗りを楽しむペリカンの気分。長さと十分な厚みは大きな浮力を与えてくれ、その浮力から生まれる浮遊間はまさに滑空(グライド)という表現がぴったりの感覚である。

ボードのデザインを見ても通常のロングボードとはまったく違うものだ。ノーズのアウトラインはスピードのため細くシェイプされ、きれいにポイントを出したポイントノーズ。ロッカーが抑えられているのもスピードのためである。

レールの頂点にポイントをはっきりと感じるシャープなダウンレールのイメージ。テールに向かっては切れ味鋭いレールエッジが付けられ、ボトムにはははっきりとしたコンケーブが流れている。アウトラインは直線的で抵抗を減らし、ワイデストポイントはボードのセンターよりも前方に位置している。ボードの厚みもワイデストポイントとほぼ同位置がもっとも厚く取られている。

すべてはスピードとトリミングのためのデザインである。ターンをするのは舵をとる感覚。ゆっくりとした動きでボードの向きをかえ方向を決める、あとは身体を機能的につかって水面を高速で滑空するだけ。ただそれだけ、余計なことは考えない。

グライダー、それはかなりシンプルで純粋な楽しみなのである。






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お知らせ:11月25日(月)~28日(木)はお休みをいただきます。私のもうひとつのルーツがある南の島へ行ってきます。お休み中、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

今日は2007年4月15日のメネフネニュースレターよりお楽しみください。

「LOCAL SHAPER NEVER DIE」

一本のサーフボードが目の前の台に乗っている。長さは6フィート2インチ。クラシックなイメージを漂わせる三角形のフィンが一本だけついたシングルフィン。スピードとルースさを感じさせるフラットなボトム。シンプルなボトムラインにテールエリアのVEEが僅かな変化を加えている。レールはシングルフィン全盛の時代そのままの厚くボリュームがあるダウンレール。テール近くには手触りも鋭くエッジが立てられている。デッキはレールに厚みを持たせるためにフラットに近いシェイプ。ダウンレールはサーフボードの両サイドから緩やかな曲線を作ってノーズで交わり、イーグルノーズというクラシカルな形状を作り出している。

ラミネートの樹脂に透明感がある明るいグリーンのカラーが混ぜられた古典的な着色方法。トップコートの樹脂がその上を包み込み、絶妙な力加減で磨き上げられた表面は深みのある光沢を放ち、廻りの景色を映し出している。ボトムからのラミネートのトリムラインには几帳面さと勢いを感じる極めて細いピンラインが一本、デッキのクリアをくっきりと引き立たせるアクセントになっている。

30年昔の時代に戻ってしまったかのようなデザインのボードだが、3日前にできたばかりのブランニューボードだ。もう40年近くもサーフボードを削り続けているサーフボードシェイパーが削ってくれた、1970年代そのままのデザインのシングルフィン。現在のほとんどのショートボードに付けられているトライフィンがまだ無かった時代、当時のサーファーはこんなシングルフィンのサーフボードで波に挑み、さまざまなテクニックに挑戦していた。

このサーフボードは、ダウンザラインとシングルフィン特有のラインでのサーフィンに加えて、テールのVEEを使うことによって今のトライフィンに負けないマニューバを描けるシングルフィンとして作られた。シェイパー曰く、いまのトライのショートボードでリップしている若いサーファーたちに試してもらいたいデザインだということだ。トライフィンと違ってフィンの限界を超えればスピンアウトしてしまうシングルフィン。一つしかないフィンとレールを使ってのサーフィンはきっとトライフィンのサーフィンの役に立つはずだし、新鮮な経験になるはずだと言う。

このシェイパーは、自らの豊富なサーフィンの経験を活かして、様々なタイプのサーフボードをシェイプする。南の島のシャローなリーフに砕けるチューブラースウェル、日本が世界に誇るパワフルなリバーマウス、湘南のリーフやビーチで割れるメローで優しい波。それぞれの波をイメージし、数多くあるブランクスの中から最適と思われるサイズ、ロッカーを選び出し、大きなウレタンフォームの固まりを素晴らしいサーフボードに変身させる。一本一本のシェイプを味わい、楽しむようにじっくりと時間をかける。一月のあいだにシェイプするサーフボードは10数本。商業的に成り立つとは考え難い数字。一本ずつそれぞれのシェイプを楽しんでいる様をみていると、おそらく彼の頭の中ではオーダーシートに書かれた顧客より一足先にそのボードでのサーフィンをイメージの中で楽しんでいるように見える。

サーフボードは柔らかい発泡ウレタンを樹脂を含ませたガラスクロスで薄くラミネートすることによって作られるとてもデリケートなこわれ物だ。こわれやすいという悩みを解消するために素材とラミネートの方法を変えた壊れにくいサーフボードの人気も高まってきた。このサーフボードはシェイプではなく、「型」から出てきた時点でサーフボードの形をしており、それを着色、仕上げすることによって完成される。大量生産をするのが容易な合理的な製法で作られるのだが、実際のところアジアのある一つのサーフボード工場では年間27万本ものサーフボードが作りだされているというから驚きだ。「型」(モールド)ボードだけでなく、従来の方法で作られるウレタンとガラスクロスのサーフボードもシェイプマシンを使うことによって、シェイプの手間が減りボードの生産数を増やすことが可能になった。

サーフボードを大量生産し、スポンサードするライダーでブランドイメージを作り出し、多くの宣伝費用を投じてサーフボードを販売する。サーフウェアという位置づけで、ブランディングと販売戦略を展開するアパレルメーカーやウェットスーツメーカーを含めてサーフィンの一大産業を作り出している。サーファーたちはそれらの中から自分の好みに合ったサーフボードとウェットスーツを手に入れ、サーフウェアを着こんで海へと向かう。それが現在の一般的なサーファーの姿だ。


頑固という訳でも、変わり者という訳でもない。一枚のA4サイズのオーダーシートから広がるイメージを楽しんでいるかのように、ブランクスにマーキングをし、テンプレットを当ててボードのアウトラインを引く。大切なのはビジネスのペースよりも自分のペース。それが彼にとってシェイプという「仕事」を楽しむコツのようだ。派手な宣伝はしない(できない)が、評判を聞いた地元のサーファーたちがシェイプを依頼にやってくる。出来上がってくるサーフボードは有名なサーフボードメーカーにも負けない出来映えだ。なによりも地元の波を知り尽くしているのも強味になっている。

有名なインターナショナルブランドやモールドボードがサーフボードマーケットのシェアのほとんどを占めるようになったとしても、地元のシェイパーはそんなことには関係なく地元のサーファーのためにサーフボードを削り続ける。量販店の店先に並ぶ色とりどりのボードから自分が気に入る一本が見つかったときの嬉しさも格別だし、ストックとして量産されたサーフボードだって調子は変わらず良いものだ。

インターナショナルなブランドをチェーン店の飲食店に例えるなら、地元のシェイパーたちはご当地自慢の味の料理を出す昔ながらの料理屋のようなものだ。どの地域の店で食事をしても同じ味を提供してくれるのがチェーン店の良いところなら、地元でないと味わえない特別な味もある。地元で地元のサーファーたちのためにボードを削り続けているシェイパーは皆さんの意外と近くにいるかもしれない。地元で評判の料理店なら、地元にしかない食材を使って、その旨みを最大限に引き出す調理法で自慢の一皿を提供してくれるだろう。地元のシェイパーもそれと同じだ。地元の波に乗って集められたデータと経験をもとに、インターナショナルブランドのサーフボードには無い、地元ならではの特別な一本を作り出してくれる。

パワフルなインターナショナルブランドに負けない魅力を持つアンダーグラウンドなローカルシェイパーのサーフボード。そこには大量生産品にありがちな均一感は存在しない。生産効率よりも乗り手と作り手のコミュニケーションから生まれる相互の理解が重視される。そして同じシェイパーのボードを使うものどうしの連帯感。人と情報の交流がある種感情的なエッセンスとなったローカルシェイパーが作り出すサーフボードには、乗り手と作り手の顔が見え隠れしているように思えてくる。

地球上のどこかでは今この瞬間にも、白い粉にまみれながら海岸近くの秘密基地のようなシェイプルームの中で密かな楽しみに没頭しているローカルシェイパーがいるに違いない。



2007年11月メールマガジンより

シール・ビーチはLAXからフリーウェイを使えば約30分。下道でゆっくり走っても1時間ほどのところにあるこじんまりとしたビーチタウンだ。私が初めて行ったカリフォルニアのビーチはマリブでもなく、ハンティントンビーチシティでもなくこのちょっと地味目なローカルタウンだった。なぜシール・ビーチを選んだのかはよく覚えていないが、まだ今のようにインターネットやEメールが普及していない時代、ガイドブックで探したB&BをFAXのやり取りで予約した記憶がある。

地図はLAXのレンタカーオフィスでもらった大雑把なものしか無く、とりあえず乗ってみたカリフォルニアのフリーウェイの広さとスピードに圧倒されながら目的地へと向かった。一番近そうな出口からフリーウェイを降りたはいいが右も左も分からず、時差ボケの頭で日本からいきなりの右側通行、しかも初めてのアメリカメインランド。文字通り手に汗握りながらあっちでもないこっちでもないと道に迷っていたのは今から考えるとかなりかっこ悪いトラベラーだったようだ。

そんな緊張の中で迷いこんだサンセットビーチの住宅街。どっちに行こうかと、行ったり来たりしているうちに、そこのゆったりとした雰囲気にそれまでの緊張が緩んでくるのを感じた。車通りはほとんどない静かな通りの中央分離帯には植栽が生茂り、その向こうに並ぶビーチハウスの間からは白くまぶしい砂浜が静かに広がっているのが見渡せた。中央分離帯にはシャワーがあり、そこでは海から上がってきた姉と弟らしき2人がロングボードを抱えてシャワーを浴びていた。

カリフォルニアに着いたばかりの私は、その光景を見てそれまで勝手に想像していたちょっと怖そうなカリフォルニアでの波乗りのイメージが消えていったのを記憶している。海の中でモタモタしていると「Hey! kook!」なんて怒鳴られてリーシュを切られて岸へ戻され、しょんぼりして車へ戻ってみればドロボウに荒らされて有金盗まれ…なんてまるでKOOKMYERのコミックみたいなことまで考えていたのだから…。

サンセットビーチですっかりリラックスした私は近くで庭木の手入れをしていたおばちゃんにシール・ビーチってどこ?と尋ねると、それはすぐ隣街だということが分かった。

シール・ビーチでの宿からはワンブロック行くともうビーチだった。民家の間の細い砂まみれの道を抜けて初めて見た人影もまばらなカリフォルニアの広いビーチ。海へと傾き始めた太陽の光に照らされた透明な波のリップとそこを滑る数人の黒いシルエットになったサーファー。そしてピア。身体にタオルを巻きつけ、ビキニからジーンズへとビーチで着替えているキュートなカリフォルニアガールたち。「これがカリフォルニア…」という感動はいまでも覚えている。

古そうな木造のピアに行ってみると、海沿いにはレストランやバーがオープンし、観光地ではないリラックスしたローカルな賑わいが伝わってくる。ピアの両側では何人かのサーファーが軽いオンショアが吹く中、夕方のサーフィンを楽しんでいた。ほとんどのボードにはシール・ビーチのローカルブランドでもあるHARBOURのロゴマークが付いているのが見えた。


当時のHARBOURのライダーはTerry Sims。長身のしなやかな身体から生み出されるマニューバが美しくそしてラディカルなサーフィンで当時のロングボードシーンを引っ張っていたサーファーの一人だった。PCHからピアへ真っ直ぐ続いているメインストリートの入り口にHARBOUR SURFBOARDS」の看板を掲げたショップを見つけた。ショップは開いていなかったが、自分が生まれる前の1962年から続く老舗のたたずまいにカリフォルニアのサーフィンの歴史の奥深さを感じずにはいられなかった。

暗くなるにつれてメインストリートの両脇のレストランやバーのテーブルは地元の人たちで少しずつ埋まり始め、楽しそうな音楽と光が歩道へと洩れてくる。そのときは週末だったのかはっきりした記憶は無いが、ホットロッド調のカスタムカーや写真でしかみたことがなかったウディがクルーズし、ちょっとした盛り上がりを見せていた。家族で夕暮れのピアを散歩する人たち。バーのカウンターでビールを瓶のまま一人飲んでいるヒゲ面の労働者風の親父。ピアの横では片付けをしているライフガード。ボードを車に載せて家路へと着くサーファー。そんなカリフォルニアの海辺の街の雰囲気を初めて味合わせてくれたのがシール・ビーチだった。


このときの旅ではシールビーチをスタートにして、南へ下りラ・ホヤの宿に数日間滞在し、周辺のビーチを訪れたと記憶している。20年近く経った今、不思議と記憶に強く焼きついているのはシール・ビーチの砂が浮いた細い路地とそこを抜けた先で目にした夕日に照らされた広い広い砂浜。あの光景だ。静かで落ち着いた海辺の街。刺激を求める旅行者には退屈な街かもしれないが、シール・ビーチにまた行ってみたいと思う。できればまたあの路地を抜けて、夕日の時刻に。

写真は以前にもこのブログに載せましたが、このメルマガの旅行の際に写したシール・ビーチです。デジタルカメラはまだ無く、現像したプリントをスキャンしました。


さて、明日の朝は波あるかな?

2009年9月にお届けしたメールマガジンより。(一部、書き直しております)

情熱

台風のうねりが届いたある日。いつもの海岸へ行き、海へ入ろうとしているとなんとなく見覚えがある顔を見つけた。目が合い、お互いに「あれ?」という顔で5秒ほど考えて思い出した。10年ほど前、いつも入っていたポイントでよく会っていた人だ。その当時勤めていた会社に、営業として来ていて陸上でも会っていたので覚えていたらしい。

彼は大きなボードとパドルを抱えている。スタンドアップパドルボードだ。「最近はスタンドアップなんですか?」と尋ねると彼は少し考えて、「実は病気をして腰を悪くしてしまって、腹這いの状態からすばやく立ち上がれなくなってしまったんです。」と言う。「うまく立ち上がれないから、最初から立っているこれしか今はできないんですよ。」と笑いながら説明してくれた。

波打ち際にボードを浮かべ、タイミングをはかってショアブレイクを越えて海に入ると、ボードの上に立ちあがり、パドルで漕ぎながら難なく波を越え沖へと出て行く。押し寄せる波と沖へ戻るカレントで海面は乱れており、スタンドアップではバランスをとるのが難しいコンディションのはずだが、巧みにバランスを取りながらパドルを使って漕いでいるその背中からは手馴れた感じが伝わってきた。

スタンドアップパドルはここ数年注目されてきた新しいサーフィンの流れであるが、普通のサーフボードでのサーフィンができなくなってしまった彼にとってはまさに救世主だったに違いない。これでまたサーフィンができるぞ!という訳だ。

ほんの数分間の短い会話だったけれども、昔の知り合いが今でも昔と同じようにサーフィンを続けていることを知ってなんとなく嬉しい気持ちになった。身体にハンディができてしまっても自分に合った道具を使い、波に乗ることをあきらめない彼の姿を見ていると、波に乗るという行為への情熱を感じずにはいられなかった。

波待ちするその沖にセットの波が盛り上がるのが見えた。私よりもずいぶんと沖で波を待っていた彼は、立ち上がったままパドルを漕いでうねりをつかまえ、滑り始めた。

周りにはたくさんのサーファーが波を待って海に浮かんでいる。インサイドへと滑っていく彼の背中を見ていると、今ここにいるサーファーたちそれぞれが、今この場所で波に乗るために、スタンドアップパドルの彼と同じように何らかの努力をしているのだという事にふと気がついた。

サーフィンという非生産的な活動だけをして生きていくことは難しい。生きる糧を得るための仕事をしながら時間の都合をつけて、波に乗るために人々は海へと集まってくる。仕事が僅かに空いた時間を縫うように「1本だけでも」と、海へ入る人もいる。現代の混雑してしまったラインアップでは、ピュアなサーフィンの精神世界を求めるのは難しいとなげく人もいる。けれどもサーフィンへの強い気持ちに掻きたてられて集まってきている人たちは、ピュアな情熱を持って海へとやって来ていることは間違いはない。使っている道具、住んでいる場視は違っても、それは共通しているはずだ。そして、これを読んでいるあなたもその一人なのである。

いつも心にサーフィンを。


いやー、波乗りしたいです…が今は待ちの季節。台風シーズンは終わって今は冬の波が立ち始めるのを待つ季節です。西高東低の気圧配置が現れはじめ、寒さが本格的になってきたら冬の波乗りスタートです。

冬支度はいまのうちにやっておきましょう。

とりあえずは11日か?




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