MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
ショップのオープンは2001年。それ以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
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掘れ掘れのチューブ、すぐ下はコーラルリーフだと分かる手前のヤバそうな海面。川南活さんが住んでいたグアムの、レッドブイ(文中に登場します)というポイントの波です。

活さんは1969年からグアムへ行き始めました。1969年というと国内ではまだサーフィンをやっている人は限られていた時代ですが、そんな時代にグアムの良い波の情報を得られたのは、国内の米軍基地のサーファーに友人が居たからです。ポール・ウィツィグの69年の「EVOLUTION」をリアルタイムで見ることができたのも、米軍の基地内でした。

そんな関係から、活さんは1969年に初めてグアムへ行ったのですが、その波の素晴らしさにすっかり取りつかれてしまったそうです。結局は移住してしまうのですが、60年代後期から70年代中頃にかけてのグアムのサーフィンは、ハワイのノースショアに負けないくらいの盛り上がりを見せていたそうです。

それでも、グアムがノースショアのようにならなかったのは、これから紹介するグアムのサーフィンの歴史があったからのようです。その中に川南活さんも登場してきます。

グアムペディアというWEBサイトの記事を訳したもので、ちょっと長い文章ですが、偶然に私が所有していた、1967年のサーファーマガジンが多いに関係しており、その雑誌の画像も掲載しましたので、当時のことを想像しながら、ゆっくり読んでみてください。


「Surfing: Early History on Guam」

グアム島の人たちが波乗りを始めたのは、1960年代初頭のことであった。その当時、グアムの浅く危険なサーフスポットの波にチャージしていた先駆者たちには、ハイスクールの技術家庭の教師のジョン・バイランダー、オーストラリアケーブル社のジム・キーナン、地元のビジネスマンの息子のリッチ・バリューと言ったサーファーたちが居た。
実際に、リックズリーフはグアムのサーファーたちに、特に危険なリーフスポットとして知られており、ダンカスビーチのそばのリック・バリューによって名付けられたのである。

グアムの未開発のリーフブレイクは、冒険好きなサーファーたちに新しいサーフスポットの発見という又と無い機会を提供することとなった。そして60年代の中ごろまでには、熱心な若いローカルサーファーたちによる、素晴らしいサーフスポットの発見という収穫がサーフィンにおけるグアムブランドを作り出していた。サーファーとボードをリーシュでつなぐ、1970年代初頭の技術革新によって熟練したスイマーでは無くなったサーファーがラインアップへ出てくるという、ちぐはぐな出来事よりも前の時代である。グアムのパイオニアサーファーたちはチャレンジングコンディションでは散々に泳がされた。切り傷や打撲による痣は言うまでもない。

それらのリーフブレイクとは対照的な、安全で楽しい波のスポットとして、タロフォフォ湾はグアムのサーフィンの歴史の中心的なサーフスポットだった。サンドボトムでフレンドリーな波、タロフォフォ湾はサーフィンの練習やコンテストに最適な場所だった。グアムのサーフィンを語る上で登場する多くのサーファーたちは、当時はまだハイスクールの生徒で、学校にサーフィンのスポーツクラブを作るチャンスに飛びついた。タロフォフォ湾は危険が少ないポイントではあったが、それと同時にしばしば溺れる人が出た。


写真:タロフォフォベイ

60年代の終わりになって、グアムのパワフルな波に良く合ったショートボードは新しい、より高いパーフォーマンスのサーフィンへのアプローチをもたらし、グアムのサーフィンの盛り上がりはかつてないほど高まった。

シークレットスポット

グアムのサーフィンは、アメリカメインラインドの商業主義に対しての単なる反発としてではなく、サーフスポットを公開しない秘密主義の下に、アンダーグラウンドのサーフィンへ向かう動きが著しかった。サーファーたちは、一致団結してグアムのサーフスポットを守った。

ロカールサーファーたちは、世界中のサーファーがグアムの素晴らしいスポットを虎視眈々と狙っていることに眉をひそめた。自然と彼らは波を探し求めるサーファーたちがあらゆるところから、現れてくるのを恐れた。サーフスポットのパイオニアたちは地名ではなく、彼らがどこへ行こうとしているのかを判りにくい名前を使い始めた。「ローザ」はあるメイドにちなんだと言われ、「マガンダス」はタガログ語の「ビューティフル」から来ている。「スリーズ」と「レッドブイ(最初の画像)などに至っては、彼らがどこで波に乗ったのかも判らなかった。サーファーたちは初めはそれをゲームのように言い出したが、だんだんとシリアスなものになっていった。



写真:グアムの波が紹介sれたSURFERマガジン 1967年


当時の状況に置いて、グアムのサーフィンが記事になったとしても何ら不思議は無い。1967年5月のサーファーマガジンでは複雑な気持ちになった。グアムの波が雑誌に紹介されてしまった一方で、グアムの波は世界最高の波にも匹敵するという生々しい証拠に、そこで波乗りができるという幸運に喜んだ。サーファーマガジンは、グアムでよくサーフィンされている、いくつかのポイントのグラッシーでパーフェクトな最高な波の写真を掲載した。興味深いことに、写真には古くからの(グアムのサーフスポットの)番人のジム・キーナンと一緒に、テリー・ワーナー、トム・チェンバーズ、ニール・ソーヤ、やケニー・ピアらのサーフィンが掲載され、グアムのサーフィンの成長を映し出している。


左ページ上:ボートベイスン、サーファー:トム・チェンバース、左ページ下:スリーズ、サーファー:ニール・ソーヤ、右ページ上:ボートベイスン、サーファー:ケニー・ピア ケニー・ピア氏は昨年、残念ながら亡くなられてしまいましたが、活さんととても仲が良かった方のようです。皆さんご存知の「DA KINE」の創始者でもあります。

しかし同時に、記事は最高機密をも暴露してしまった。(サーファーマガジンの)記事を書いたトム・チェンバーズは、彼のボートベイスンのレフトでのサーフィンと、グアムのサーフィンレベルを引き上げたことへの貢献で記憶されるであろう。しかしながらまた、サーファーたちはこの記事が、この時以来多くのサーファーをラインアップへ引き寄せることとなったことを忘れないだろう。チェンバーズは書いている。

「私はただの50ドルで悪魔に魂を売ってしまったかのように感じられた。新参者たちが良く近寄ってきて、記事を読んでグアムにやってきたと言う。最初はマゼランで、それからサーファーマガジンというわけさ。うーん、まあゴメンよ。」


写真:ポイント「スリーズ」サーファーマガジン1967 パイプラインのライトハンドとキャプションが付いています。サーファー:テリー・ワーナー 活さんはこの写真のある場所を指さして「ここは水深65フィートです。」と…。 

シークレットスポットを公表することへのタブーは強くなっていった。サーファーのエンジェ・ダムスは、サーファーたちの間では、波がいかに素晴らしいか、自分のおばあちゃんにさえ手紙を出したり、カリフォルニアのいとこに写真を送ったりしないという決まりになっていたことを覚えている。日本人サーファーの川南活がここの波に出入りし始めたときには、ローカルサーファーたちは他の日本から来るサーファーにここの波のことを言わないように口止めをした。彼はグアムの秘密を、飛行機でたった三時間の距離にいる100万人の人々から守った。


写真:左ページ、スリー サーファー:ジム・キーナン、右ページ上、ボートベイスン、右ページ下、スリーズへ続くジャングル、活さんはこのような場所に暮らしていたこともあるそうです。

1980年代に最初のサーフショップがグアムにオープンすると全てが変わった。それまではサーフボードならず、ワックスさえグアムで手に入れるのは大変だった。

グアムのリーフは危険だという言葉もまた漏れ聞くようになった。グアムのリーフの要求は過酷で、遅かれ早かれ全くその通りになった。肉体的に、またしばしば精神的にも、リーフでのキズ跡を持たないサーファーはほとんどいなかった。リックズとボートベイスンのライト(知る人ぞ知る、パセオ堤防以前のさらに良かった波)は、最も危険なポイントという名誉に輝いた。
1960年代のサーフシーンは、決して険悪なものではなく、サーファーたちも過激では無く、平和に共存し、サーファーとしてのライフスタイルを共有して楽しんでいた。島では、互いに競い合うこともなく友好的であり、共に歩みを進めてきた。
「街のやつら、ローカル、とにかく皆が一緒だったんだ」-- デイムズはこう振り返った。

ハイスクールには男女問わず、サーフィンチームがあった。グアムタイムズが報じた、1966年のタロフォフォ湾でのコンテストのように、サーファーたちはしばしばコンテストを開催した。マカニカイサーフクラブとフーイ オブ ハワイが開催したコンテストのエントリー名簿は、まるで当時のグアムサーフィンの紳士録のようである。当時のトップは、ジョン・ロマナックで、女性はシャロン・クランドール、そして一番年少のサーファーはロビン・エボイとなっている。スティーブ・ヴィラは、ミスター・ワイプアウトの称号を授かった。

練習に最適だった、タロフォフォ湾

タロフォフォ湾はグアムのサーフィンを語る上では、いつでも中心的なスポットである。マッキントッシュは、60年代の他の多くのサーファーたちがそうであるように、安全なタロフォフォ湾で最初の波に乗った。マッキントッシュは言う。ワーナー家の人たちと一緒にそこへ母親が連れて行って、一日中波乗りさせておくんだ。1962年から63年くらいのことで、プライウッドのベリーボードがあればそれで波に乗って、ヒッチハイクもしたし、運が良ければ借りたサーフボードで波乗りすることもできたんだ。

60年代にはたくさんの若い女性サーファーもいた。その理由のひとつとしてはおそらく、それだけサーフィンがグアムで若者たちの間ではポピュラーになっていたからだと、古いローカルサーファーは言う。リン・ビグネットとタニヤ・ジャンプは男のサーファーたちが怖気づく、リックズとボートベイスン(どちらもサーフスポット)で、彼らよりも上手に波に乗った。当時のグアムサーフィンクラブの会長はジョン・バイランダーだったが、彼らはタムニンの今はABC JETクラブになっている、ホンコンガーデンでカーウォッシュダンスをやっていた(いろいろとお楽しみだったというご理解で)。

最も盛大だった初期のサーフィンコンテストは、60年代のジョージ・ワシントンハイスクールとジョン・F・ケネディハイスクールの対戦だった。マッキントッシュはそのときを振り返る。

私はジョン・F・ケネディサーフクラブで、リックズ(サーフポイント)でジョージ・ワシントンを打ち負かした。ジャッジはノーランとテリー・ワーナーだった。波は4―6フィートで、ジョージ・ワシントンのメンバーは沖へ出るのを拒否したんだ。ジョン・F・ケネディサーフクラブのメンバーはリックズの波を乗りこなして、ジョージ・ワシントンを打ち負かしたんだ。

グアムペディアのサイトです。他の画像もあるので見てみてください。
https://www.guampedia.com/surfing-early-history-on-guam/



このグアムペディアを読んでいて思ったのは、70年代のグアムが、ハワイやバリのように世界的に有名なサーフスポットになる可能性が多いにあったということです。そうならなかったのは、グアムローカルと秘密を洩らさなった活さんたちの努力の結果です。

世界トップクラスの波がありながら、メディアから守られ、ハワイやバリのようにメジャーにはならなかったグアムという島。それから、日本のサーフィン界では広く名前を知られた存在でありながら、アンダーグランド的な雰囲気に包まれている川南 活という特別な存在感。果たしてそんな雰囲気を作り出したのはこの島があったからなのか。

昔から感じていたちょっとした謎が解けたような気がしました。(皆が活さんに惹かれる所以は、そんな所にあるんだと思います)

やっぱり、とてつもない存在なのだということも改めて思いました。



お知らせ:10月23日(土)はお休みいたします。よろしくお願いします。


カツカワミナミサーフボードのオリジナルフィンのフレックスフィンが入荷しました。全体的に細身のアウトラインで、フィンの先端にかけて柔らかくフレックスします。サイズは高さ9インチ、ベースが5 1/2インチほどです。

シングルフィンの、ミニモデル、プリモ、ダイアモンドシングルなど、どれでも使えそうです。フレックスフィンのルースさと、フレックスの戻りに反応したターンの後半の伸びなど、それぞれのモデル用のフィンとはまた違う感覚で楽しめると思います。もちろんハルにもOKです。私はシングルのニーボードか、8.4、9.0のプリモあたりで使ってみたいです。

KK FIN、その他にも品切れしていた、B52の9インチなども入荷しています。

MENEHUNE BEACH STOREウェブサイト ご覧ください。

NV200はルーフキャリアを付けて、ステッカー貼って、波乗り車っぽくなってきました。次は車内キャリアです。バンと違って、内張りされているので吊元が少ないのが悩みの種ですが、その分いろいろと考えるのも楽しかったりします。

構想は着々と出来つつあります。ご紹介していきますので、お楽しみに。

8’6”のピグをご依頼いただきました。8フィート前後のピグは、自分のボードも含めて何本か作っていますので、ディメンションのデータもフィードバックもあります。大好きなカテゴリーです 笑。

お話を伺っていると、Dフィンのコテコテのピグというよりも、私が最近作ったクラシックなログをひと回り小さくしたような、ミニロングの方がイメージに近そうなので、それっぽい雰囲気で私にお任せいただくことになりました。

’それっぽい’、というところが曲者ですが、ノーズにかけてのアウトラインは幅をキープしつつ、ピグっぽい雰囲気に見えるようなアウトラインのMINI ログピグにしようと考えています。

ロッカーはフラットじゃありません。フィンはBOXです。いろいろと応用が効く方が良いと思います。FLAT+D(フラットロッカー+Dフィン)は短いピグではクセ強くなってきます。そちらがお好きな方もいらっしゃいますが(笑)、今回はまったりゆったりスムーズに、のピグっぽいログにして行きます。

これは、8フィート。


これは、今回と同じ、8’6”です。


こんな感じです。素敵なオーダー、ありがとうございます。私も楽しんでおります 笑。




ストックボードとしてシェイプしてもらっている、MOON FISHのシェイプが出来上がりました。レングスは6’0です。楽しむには、ちょうどいいサイズ感だと思います。幅は21インチです。

ブランクスの入荷はまだスローですが、昨日は7フィート前後のミッドレングスに使えるものや、8フィートのロングフィッシュを作ることができるブランクスが入荷していました。なんとなくですが、少し動き始めたような感触もあります。



こういう状況ですので、オーダーいただいているモデルとブランクスの品番が合わず、余ってしまうブランクスがあれば、作ることができるモデルをどんどん作ってみようと思います。だって、ブランクスのまま置いておくよりも、サーフボードのカタチにした方が面白いに決まってます。

MOON FISH、ボトムはシングルコンケーブ。例に漏れずによく走ります。動きはフィッシュよりもツインフィンの性格が出てきます。

ケルプカラーのティントで、ピカピカにラミネートしてもらおうと思います。出来上がりが楽しみです。

さて、同じオーダーでも話は変わって、自分のクルマの話です。

購入予定のクルマは、日産のNV200という商用バンに、ちょっと毛が生えたくらいの乗用ワゴンです。

業務用っぽいのがいかにも海クルマとして使えそうな雰囲気のクルマです。一般的には人気は全く無さそうなのもくすぐります 笑。

それで、注文したそのクルマは先週に入荷していて車検も取れたようなのですが、オプションで頼んでいる電装品が入荷してこない。

それの入荷待ちで、クルマができ上っていてもお預けです。これもコロナの影響で、半導体が足りないせいらしい。代替品も提案してもらったのですが、機能が少し変わるのがちょっとです(どーせ使いこなせないとは思うんですが…)新しいクルマ、早く欲しいのはやまやまですが、オーダーボードの出来上がりをお待たせしてしまっている皆さんと同じように待とうと思ってます。





プリモ8.4が完成しました。エクストラバージンのオリーブオイルみたいなティントカラーです。私も良く使うカラーです。

昨年末から、同じサイズのプリモを何本かお作りしています。乗っておられる方からは、みなさん良いフィードバックをいただいております。

ミッドレングスのカテゴリーに入ると思いますが、その中でも長めです。パドルやテイクオフはロングボードに近いものがありますが、立ち上がると動きはミッドレングスです。それに、このサイズのプリモが海面を滑る感覚は、他には無いものだとも思います。

このプリモはおそらくどなたでも、同じように楽しめるのではないかと思います。とりあえずこの8.4があれば、小波からそれなりのサイズの波まで幅広く楽しめます。

私の気に入り度合い(笑)を見ていただければ、どのくらい楽しいのかお分かりいただけると思います。

このプリモ8.4は西へ旅立ちました。到着を楽しみにしていてください。




アイデンティファイウェットスーツの秋冬ラインアップをアップロードしました。かっこいいバックジップが欲しい方はアイデンティファイですね。チェストジップタイプも今季から加わりました。


MENEHUNEウェブサイトご覧ください。AIDENTIFYウェットスーツ



お知らせ:予定変更して、明日9月18日はお休みいたします。19日、20日は通常通り営業いたします。よろしくお願いします。


MOON FISH 6’0。幅は21インチ。このサイズだと雰囲気変わってきて、フレンドリーな感じで安心感があります 笑。テールエンドの両端は、丸めにしてもらいます。

コンケーブは、活さんの手が置かれた付近から入ってきます。シングルコンケーブです。


フラット気味のデッキで、レールはダウンレール。ロッカーはBONITAフィッシュとほぼ同じです。


実際に触っていて、私でも普通に乗れそうなボリューム感です。ラウンドノーズは、パドルもテイクオフも本当にイージーです。パラレルなアウトラインに、シングルコンケーブのボトムでスピード出ると思います。フィンはKK FISHと同じで、マニューバを考えたセッティングで、いろいろ楽しそうなのがムーフィッシュです。

STEAMERウェットスーツのセットアップが出来上がってきました。私が作ってから、エリ無しの丸首ジャケットが結構人気です。ニーボーダーの方のオーダーですが、これでニーボード乗ったら、あの方みたいでクラシックかも。

セットアップで税込み¥56.100(3フル¥53.900)。いい生地使ってますよ。触りに来てください。STEAMERは、セミドライの価格も出そろいました。
https://menehunebeachstore.com/wet/stemercatalog.htm

STEAMERウェットスーツの納期は現在約3週間、AXXE CLASSICは現在約一か月です。少しずつ伸びてきています。ウェットのオーダーは今年もお早目がお勧めです。




先週は、幅が広くて短いボードを作ることができるブランクスが手に入ったので、KK FISHとニーボードをシェイプしました。

これは、KK FISH。5’6”です。レールを確認しています。


ボトムは、コンケーブのBONITAとは違うフラット~VEE。スピードはBONITAですが、KK FISHはコントロール性。

MさんのKK FISHはラミネートへ出ました。楽しみにお待ちください。

FISH用のブランクスはあるようで、ストックのKK FISHももう少ししたら入荷してきます。今度のはシンプルにクリアのラミネート。始めは色を付けるつもりだったのですが、シェイプを見たら「これは、クリアでしょ」とビビッと来るものがあったので、その場で変更しちゃいました。

先に言っちゃうと面白くないのですが、想像してみてください。KK FISH 5’8”、ダークウッドストリンガー、デッキに黒でKATSU、ボトムは黒の復刻ロゴ。きっとかなり、クールですよ。

これもクリア。プリモの9’0と8’0。自宅に置いてある、8’4”もクリアです。


カラーラミネートも、色々と試しては楽しんでおりますが、シンプルなクリアラミネートもいいもんです。

明日は定休日です。シェイプルームへ行ってきます。

ブランクスが少し届いたようなので、使えるものがあるか活さんとチェックしてきます。グチになっちゃいますけど、この状況はいつまで続くんでしょうか。緊急事態宣言もそうですが、ボディブローみたいに少しずつ効いてくる(申し訳無くって…)感じは結構いやらしい。

…なんて、書くと逆に元気になっちゃう変な性格ですが、オーダーいただいている皆さま、お待たせしてしまってすいません。

こんなことお願いして良いのかどうか迷いましたが、もしオーダーで指定いただいているストリンガーを、バス(白木)、ダークウッドどちらでもいいよ~という方がいらっしゃったら、ひと言ご連絡ください(使えるブランクスの選択肢が増えます)。

こんな波で波乗りしたいもんです。






8’4”のプリモのシェイプが始まりました。シェイプしているのを見るのも、久しぶりのような気がします。


仕事と家の関係で、海に行ける回数が限られてしまうのでとにかく楽しめるように、というリクエストに合わせて、アウトラインはノーズを気持ち広めに、コンケーブはあまり深くせずに厚みを残して浮力を多めのシェイプに仕上げます。

来週はシェイプ完了の画像をお送りできると思います。

シェイプが出来上がったMINI GUNがあったので、写真をぱちり。レングスは7’3”だったかな(私のとこのじゃないので不確かです)。かっこいいです。


MINI GUNというのは、特別に大波用というわけではなく、活さんが現役のプロで活躍していた70年代のシングルフィンのアウトラインをよみがえらせたものです。

MINI GUNには二種類あって、上の画像はボリュームのバランスが前寄りにあるクラシックなシェイプです。もうひとつはボリュームバランスを今風に後方へ持ってきたものです。テールの曲線が増えるのでマニューバ的にはそちらの方がスムースですが、クラシックなアウトラインも捨てがたいものはあります。私も作りたかったのですが、今はブランクスに余裕が無いので自分のオーダーは後回しです。8.0のフィッシュ以外、すべてキャンセルしました。

昨日は、フィッシュ系のブランクスだけ数本入荷していたので、溜っているオーダーの中からこのブランクスで作ることができるものをチョイス。KK FISHやニーボードなど、幅広で短かい系のオーダーでお待ちの方は来週、再来週でシェイプいたします。

オーダーいただいた日付ではなく、順不同になってしまいますが、こんな感じで作っております。6.8~7.10くらいの、いわゆるミッドレングスど真ん中のサイズは需要が多いのか、なかなか入荷してきません。上のMINI GUNはそうですが、ストリンガーが白木のバスウッドのブランクスは比較的入手しやすいようです。ダークウッドストリンガーでご指定の方はもう少し時間かかりそうです。

現在の状況はこんな感じです。早く元に戻って欲しいものです。


ずっと動き続けているので身体は少々お疲れ気味ですが、今朝もとりあえずランニング。軽く5キロちょっとですが、今日のはrunningというよりはzenningかな。禅的ランニングというやつです。まあ、私としては禅よりも瞑想に近いですが。

簡単です。ジョギングくらいのゆっくりとしたペースで、自分の呼吸と足の裏の感覚に集中しながら走るだけ。トレイルだと不整地を走るので、余計に足裏の感覚と足元に集中しやすいです。私にとっては呼吸と足裏、つまり自分の身体の感覚に集中する時間が大事なのです。

それが波乗りしたときの足腰と体幹の強化にもつながるのですから、素晴らしいじゃありませんか。

まだまだ暑いですが、暑い空気の中にもなんとなく秋の気配を感じます。遠くの山がすっきり見えるようになってきたのも、空気が変わってきているからです。



そんな夏の終わりに懐かしい曲のミュージックビデオがリリースされました。もう30年前です。映像だけ現代の感覚で作られているので、おっさんには若干違和感ありますが、これはこれで素敵です。リリース当時(91年)に映像が作られていたら、もっとトレンデイドラマ風(笑)にバブリー(笑)だったかもしれません。プールサイドの彼女はすごいハイレグの水着で、彼氏は刈り上げ…笑。そんな時代ですから。


山下達郎のアルチザン、久しぶりに聞きたくなりました。




最近、お問い合わせをいただいくことが多いです。ロングフィッシュ。プリモフィッシュとも呼ばれています。呼び名はどちらでもOKです。


プリモとは、ボトムのコンケーブのシェイプやロッカーで違う部分がありますが、プリモみたいに良く走ってくれます。もしかすると、プリモよりも速いかもしれないと感じるのは、抜けがいいツインフィンのせいだと思います。


プリモが好きな人は気に入ると思います。プリモと同様に気持ちが良いダウンザラインで滑ってくれますが、ターンはかなり違います。シングルとツイン、それにロッカーが違うので当然ですが、安定感のプリモとは違って、軽くよく回る軽い反応をしてくれます。

その軽く良く回るボードをコントロールするのが、この長いフィッシュの面白さです。最初はプリモみたいにやって、回し過ぎてしまうと思いますが、コツをつかむとツインフィンとフィッシュテールをコントロールするのがとても面白くなってきます。



もうひとつ面白くて個人的に気に入っているのが、この長いフィッシュでのバックサイドでのサーフィンです。これは実際にやってみないと分からないし、上手く言い表すのも難しいのですが、このボードの(たぶん)トリムスポットのようなところに真っすぐ重心を乗せ、スタンスは狭く、コントロールは足首だけで、みたいなイメージで乗ると、とても軽くスムースに反応してくれるのです。

これが気持ちいいのです。

私のは長いフィッシュを作ってみようと思い付いて作った最初のシェイプなので、テールが少し絞り気味です。今皆さんに作っているのは、もう少しフィッシュテールが広くなります。

私も早く皆さんと同じのが欲しいのですが、昨今のブランクスの状況から未だに作ることができません。状況が改善されるまでは、いまのオレンジフィッシュで楽しもうと思います。

ロングフィッシュ(プリモフィッシュ)はレングスは6フィート代後半から作ることができます。

6.8や6.10だとBONITAフィッシュを長くして、ビッグフィッシュと呼んでいたフィッシュとかぶってきますが、BONITAのビッグフィッシュとは違うものです。

これです。お気に入りの6’8”のBONITAフィッシュです。


このBONITAフィッシュは、ボリュームのバランスやロッカー、取り付けるフィンなど、クラシックなフィッシュのデザインです。

ロングフィッシュ(プリモフィッシュ)を短くした6’8”は、アウトラインは似ていても、ボリュームバランスやロッカーはプリモと同じですので、BOINTAのビッグフィッシュとは違う性格になってきます。

6’8”のプリモフィッシュも作って、BOINTAのビッグフィッシュと乗り比べてみたいですが、ブランクスも世の中も、早いところ元の状況に戻って欲しいものです。





カツカワミナミサーフボードの価格が変わります。フォーム、クロス、樹脂など、サーフボードを製造するのに必要なほとんどの材料が昨年末あたりから値上げされ、それに伴って皆さんにご提供するプライスも改定せざるを得なくなってきました。

カツカワミナミサーフボードを20年近く扱ってきましたが、その間で二度目の値上げです。前回の値上げは2008年。これまでのプライスは13年間据え置きでした。材料がいろいろと値上げになる中で、いままで良く頑張っていただいていたと思います。

値上げするのは、ベースのプライスです。ベースの部分で、およそ5~8パーセントほどの値上げになります。

もうひとつはフィンです。これまではフィンは付属品としてサービスでお付けしていましたが、さすがに「無料」というのは厳しくなってきたので、ボードと一緒にお求めの場合は販売価格の20%オフの価格でお付けさせていただくようになります(ボンザーだけは、これまで通りセンターフィン込みの価格になります)。

「もうフィンは持っているので不要です」という方は、フィンのチャージはかかりません。

その他、ティントやピグメント、エアブラシ着色、仕上げ(バフ、つや消し)の部分の価格は今までと同じです。

新価格は、8月16日以降のオーダーから適用されます。もちろん、すでにオーダーをいただいているボードに関しては、オーダーいただいたときの価格(旧価格)になりますので、ご心配無くお願いします。ブランクスの入荷状況に関しましては、今月あたりから改善されてくると思われます。長らくお待たせしてしまって心苦しい限りなのですが、もう少しお待ちください。


昨日ご紹介したストックのBOOGIEをアップロードしました。現在ストックしているボードに関しては、値上げはありません。現在の価格のままです。


ジェイドグリーンティントのブギー、MENEHUNE BEACH STOREウェブサイト ご覧下さい。




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