MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
ショップのオープンは2001年。それ以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
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今日10月1日から消費税は10パーセントになります。私のところは軽減税率は関係ありませんので、今日から全ての商品に消費税10パーセントをお預かりすることになります。よろしくお願いいたします。
8パーセントから10パーセントですので、2パーセントの値上がりです。なのですが、消費税アップと同時にポイント還元制度というものもスタートしています。
ポイント還元というのは、クレジットカードやプリペイドカードなどの電子マネー、そしてスマホ決済など現金の受け渡しを伴わない取引であれば、私のような個人経営や小資本の店舗でのお買い物にポイントがもらえるという制度です。
還元率は5%か2%。クレジットカードなら、次回以降の請求金額からポイント(1ポイント=1円)で差し引かれるしくみです。
メネフネビーチストアはクレジットカードでの対応のみですが、店頭とサイト上でのお買い物でのクレジットカード払いで5パーセントのポイント還元が受けられます。事実上、消費税8パーセントのときよりもお安くなる計算です。(今日、10月1日からOKです。来年の6月30日までの予定です)
利用しない手は無いと思います。
これはウェブ用にもらったバナーですが、目印はこんなステッカーやポスターです。
対象店舗を調べられるこんな地図もあります。
https://map.cashless.go.jp/search
自分がいつも利用しているお店や、欲しいものがあるときにそれを扱っているお店がポイント還元の対象かどうかを調べるのに使えます。自分自身は普段から大抵のものはクレジットカード払いですが、使えるものはうまく利用してしまおうという性格です。
とりあえず近所のスーパーが5パーセント還元対象店で、ちょっと嬉しかったりしてます。
ポイント還元制度に関しては、対象カードなどをホームページに記載していますのでそちらをご覧ください。
さーて、台風はだいぶ西の方へ行ってしまいました。波上がったらニーボードやろうと意気込んでいたのですが、明日は上がってもほんの少しか?仕事前の時間は潮が多いので微妙な感じです。波高の数値は低いですが波の周期は長くなっているので、時間が合う方は潮廻りを見ていけばできると思いますよ。
8パーセントから10パーセントですので、2パーセントの値上がりです。なのですが、消費税アップと同時にポイント還元制度というものもスタートしています。
ポイント還元というのは、クレジットカードやプリペイドカードなどの電子マネー、そしてスマホ決済など現金の受け渡しを伴わない取引であれば、私のような個人経営や小資本の店舗でのお買い物にポイントがもらえるという制度です。
還元率は5%か2%。クレジットカードなら、次回以降の請求金額からポイント(1ポイント=1円)で差し引かれるしくみです。
メネフネビーチストアはクレジットカードでの対応のみですが、店頭とサイト上でのお買い物でのクレジットカード払いで5パーセントのポイント還元が受けられます。事実上、消費税8パーセントのときよりもお安くなる計算です。(今日、10月1日からOKです。来年の6月30日までの予定です)
利用しない手は無いと思います。
これはウェブ用にもらったバナーですが、目印はこんなステッカーやポスターです。
対象店舗を調べられるこんな地図もあります。
https://map.cashless.go.jp/search
自分がいつも利用しているお店や、欲しいものがあるときにそれを扱っているお店がポイント還元の対象かどうかを調べるのに使えます。自分自身は普段から大抵のものはクレジットカード払いですが、使えるものはうまく利用してしまおうという性格です。
とりあえず近所のスーパーが5パーセント還元対象店で、ちょっと嬉しかったりしてます。
ポイント還元制度に関しては、対象カードなどをホームページに記載していますのでそちらをご覧ください。
さーて、台風はだいぶ西の方へ行ってしまいました。波上がったらニーボードやろうと意気込んでいたのですが、明日は上がってもほんの少しか?仕事前の時間は潮が多いので微妙な感じです。波高の数値は低いですが波の周期は長くなっているので、時間が合う方は潮廻りを見ていけばできると思いますよ。
いちおう仕事中だから止めとこうと思ってましたが、ライブ中継をチラッと見たらもうダメでした。昨日のアイルランド戦です。首の軟骨をつぶして離脱してしまいましたが、私もいちおう元ラガーです。
日本強い!!
ラグビー知っている人なら見ていて(結果ではなく闘いをです)分かったと思います。あの突進力、突破力、そして防御力です。
身体がでかいアイルランドの選手にタックルされながら進む力、モール、ラックでのボールの支配、そして極めつけはスクラムです。本当に強い。ぜんぜん負けてないじゃんと、店の中で独りで涙目で叫んでいました。
ディフェンスでは突っ込んでくるアイルランドの選手を弾き返すくらいの勢いで、ガシッときれいに止めるタックル。強いです。昔のイメージでは、タックルしてきた日本選手を腰のあたりに二人くらい引きずったまま平気で走ってトライを決めてしまうくらいの外国チームの選手との力の差があったと思います。
攻撃も強い。フォワードが本当に良く走ります。ボールへの集散は早いし、バックスがモールやラックで捕まっていると、攻撃のラインにも加わってバックスと同じ動きをしているし本当にすごいです。
NZのオールブラックスの名前は、黒いユニフォームではなく本当は全員がバックスみたいに走るからまるでオールバックスだと言ったのを聞き間違えて、オールブラックスになったという話がありますが、日本のフォワードもそのくらいよく走ってました。
バックスも上手い、強い、速いと全てそろってます。タックルされてモールの中に倒れていたはずのウィングの松島幸太郎が、モールから出たボールをパント(キック)したボールを先頭で追いかけているじゃないですか。本当に、速え~でした。
昨日の試合、ラグビーのプレーに必要なことがぜんぶが備わっているみたいで、もう見ていてワンプレーごとに感動の嵐でした。相手も強かったから、ますますそう感じたんだと思います。
亡くなったミスター・ラグビー、平尾誠二さんに見せてあげたかったと、たくさんのラグビーファンが私と同じように思ったはずです。
ワールドカップの試合はどれを見ても、ルールをよく知らなくてもエキサイティングでラグビーの面白さが伝わってくると思います。ごつい男たちがぶつかりあう野蛮なスポーツというイメージは間違いです。選手もサポーターもとてもスポーツマンシップにあふれた紳士的なスポーツです。スタンドの様子や試合後の選手たちを見ればさらにラグビーは素晴らしいスポーツだとお分かりいただけると思います。これを機会にもっとラグビー、盛り上がってほしいです。
ボディチェックを伴うのはもう厳しいですが、パスしながらラグビーボール持って走りたくなってしまいました。ラグビーは冬のスポーツ。これからが公式戦のシーズンです。高校、大学、社会人とそれぞれリーグがあるので気にしてみてください。
日本強い!!
ラグビー知っている人なら見ていて(結果ではなく闘いをです)分かったと思います。あの突進力、突破力、そして防御力です。
身体がでかいアイルランドの選手にタックルされながら進む力、モール、ラックでのボールの支配、そして極めつけはスクラムです。本当に強い。ぜんぜん負けてないじゃんと、店の中で独りで涙目で叫んでいました。
ディフェンスでは突っ込んでくるアイルランドの選手を弾き返すくらいの勢いで、ガシッときれいに止めるタックル。強いです。昔のイメージでは、タックルしてきた日本選手を腰のあたりに二人くらい引きずったまま平気で走ってトライを決めてしまうくらいの外国チームの選手との力の差があったと思います。
攻撃も強い。フォワードが本当に良く走ります。ボールへの集散は早いし、バックスがモールやラックで捕まっていると、攻撃のラインにも加わってバックスと同じ動きをしているし本当にすごいです。
NZのオールブラックスの名前は、黒いユニフォームではなく本当は全員がバックスみたいに走るからまるでオールバックスだと言ったのを聞き間違えて、オールブラックスになったという話がありますが、日本のフォワードもそのくらいよく走ってました。
バックスも上手い、強い、速いと全てそろってます。タックルされてモールの中に倒れていたはずのウィングの松島幸太郎が、モールから出たボールをパント(キック)したボールを先頭で追いかけているじゃないですか。本当に、速え~でした。
昨日の試合、ラグビーのプレーに必要なことがぜんぶが備わっているみたいで、もう見ていてワンプレーごとに感動の嵐でした。相手も強かったから、ますますそう感じたんだと思います。
亡くなったミスター・ラグビー、平尾誠二さんに見せてあげたかったと、たくさんのラグビーファンが私と同じように思ったはずです。
ワールドカップの試合はどれを見ても、ルールをよく知らなくてもエキサイティングでラグビーの面白さが伝わってくると思います。ごつい男たちがぶつかりあう野蛮なスポーツというイメージは間違いです。選手もサポーターもとてもスポーツマンシップにあふれた紳士的なスポーツです。スタンドの様子や試合後の選手たちを見ればさらにラグビーは素晴らしいスポーツだとお分かりいただけると思います。これを機会にもっとラグビー、盛り上がってほしいです。
ボディチェックを伴うのはもう厳しいですが、パスしながらラグビーボール持って走りたくなってしまいました。ラグビーは冬のスポーツ。これからが公式戦のシーズンです。高校、大学、社会人とそれぞれリーグがあるので気にしてみてください。
どうしても見たい絵があって、出かけてきました。昨日のお話です。目的の東京駅へと到着したのですが、ちょうど開催されていた、東京オリンピックのマラソン代表を決めるMGCのランナーが通過する時間だったので、すぐそばの皇居の内堀通りまで出てみました。
コース的には銀座、日本橋を芝公園まで往復してきた選手たちが靖国通りから内堀通りへ入って、二重橋で折返し、また靖国通り方向へ戻っていく、30kmと35km地点の中間付近です。
男子のトップはすでに通過した後でした。それを追う後続ランナーが通過中です。
その15分後、女子のトップがやってきました。優勝した前田穂南選手です。
腹筋がすごい松田瑞生選手は4位通過。腹筋はもちろん、すごい筋肉してました。福士選手はそのすぐ後を5位通過。きれいなフォームが印象的でした。
トップのアスリートたちが走り抜けていく姿を見ることができて、エネルギーをもらえた感じです。みなさん、かっこいい。走るのってやっぱりいいです。
東京駅にはこれが目的で来ました。東京ステーションギャラリーで開催中の「岸田劉生展」です。

ずーと見たかったのはこの絵です。「道路と土手と塀(切通之写生)」1915年。ネットで借りてきました。
代々木の丘を切り崩したばかりの赤土の道路の絵です。早い話が道路と土地造成の工事現場ですが、そもそもどうして緑も花も水も人も動物も無い、この風景を描こうと思ったのか?赤土の地面を描いた絵が、人を惹きつけるチカラを持っているのが不思議な作品なのです。
岸田劉生は、この絵の他にも「麗子像」で有名です。美術の教科書には大抵載っている絵なので見たことがある方も多いと思います。
見ているうちに思ったのは、肖像画が多いということ。解説によると「劉生の首狩り」と言われたほどいろいろな人を捕まえては肖像を描いたいたということです。肖像画が並んでいると退屈してしまうことが多いのですが、岸田劉生の場合はそれが無いのです。いくつもの見ず知らずの人の顔を見ているのが面白い。
ずっと見ているうちになんとなくひとり合点がいったような気がしました。表現力が豊かなのです。人の顔や赤土の地面といった、一見退屈になりがちな対象をモチーフにして、それをいかに絵画的に表現するかということが、この作家が追及するもののひとつだったのではないかということに思いいたりました。
長距離ランナーと早世した洋画家、いい刺激をいただきました。岸田劉生展10月20日まで東京駅ステーションギャラリーでやってます。
きれいに復元された東京駅ですが、当時の遺構を残したレンガの壁のあいだには戦災で焼けて炭化した木材が残されて、いまでも焼け跡の匂いが生々しく漂っていました。
2020年の来年は東京オリンピックです。私は1964年の東京オリンピックの年に生まれました。55年前の昨日でした。55歳。いわゆるアラ還と言われる年齢になりました。
だからどうということはありません。いままで通り、変わらずにと言いつつ少しずつ年相応になりながら続けていくだけです。
明日は波ありそうですが、やらなければいけないことがあるので行けません。明後日も残りそうなので、そっちを期待です。
コース的には銀座、日本橋を芝公園まで往復してきた選手たちが靖国通りから内堀通りへ入って、二重橋で折返し、また靖国通り方向へ戻っていく、30kmと35km地点の中間付近です。
男子のトップはすでに通過した後でした。それを追う後続ランナーが通過中です。
その15分後、女子のトップがやってきました。優勝した前田穂南選手です。
腹筋がすごい松田瑞生選手は4位通過。腹筋はもちろん、すごい筋肉してました。福士選手はそのすぐ後を5位通過。きれいなフォームが印象的でした。
トップのアスリートたちが走り抜けていく姿を見ることができて、エネルギーをもらえた感じです。みなさん、かっこいい。走るのってやっぱりいいです。
東京駅にはこれが目的で来ました。東京ステーションギャラリーで開催中の「岸田劉生展」です。
ずーと見たかったのはこの絵です。「道路と土手と塀(切通之写生)」1915年。ネットで借りてきました。
代々木の丘を切り崩したばかりの赤土の道路の絵です。早い話が道路と土地造成の工事現場ですが、そもそもどうして緑も花も水も人も動物も無い、この風景を描こうと思ったのか?赤土の地面を描いた絵が、人を惹きつけるチカラを持っているのが不思議な作品なのです。
岸田劉生は、この絵の他にも「麗子像」で有名です。美術の教科書には大抵載っている絵なので見たことがある方も多いと思います。
見ているうちに思ったのは、肖像画が多いということ。解説によると「劉生の首狩り」と言われたほどいろいろな人を捕まえては肖像を描いたいたということです。肖像画が並んでいると退屈してしまうことが多いのですが、岸田劉生の場合はそれが無いのです。いくつもの見ず知らずの人の顔を見ているのが面白い。
ずっと見ているうちになんとなくひとり合点がいったような気がしました。表現力が豊かなのです。人の顔や赤土の地面といった、一見退屈になりがちな対象をモチーフにして、それをいかに絵画的に表現するかということが、この作家が追及するもののひとつだったのではないかということに思いいたりました。
長距離ランナーと早世した洋画家、いい刺激をいただきました。岸田劉生展10月20日まで東京駅ステーションギャラリーでやってます。
きれいに復元された東京駅ですが、当時の遺構を残したレンガの壁のあいだには戦災で焼けて炭化した木材が残されて、いまでも焼け跡の匂いが生々しく漂っていました。
2020年の来年は東京オリンピックです。私は1964年の東京オリンピックの年に生まれました。55年前の昨日でした。55歳。いわゆるアラ還と言われる年齢になりました。
だからどうということはありません。いままで通り、変わらずにと言いつつ少しずつ年相応になりながら続けていくだけです。
明日は波ありそうですが、やらなければいけないことがあるので行けません。明後日も残りそうなので、そっちを期待です。
9月1日は防災の日です。96年前の大正12年の同日に発生した関東大震災にちなんでのことですが、あらためて当時を記録した小説を読んでみると、これまで関東大震災の日だと漠然と考えてはいたのがその被害の大きさと悲惨さに、読みながらだんだん苦しくなってしまいました。想像以上にすさまじいのです。
最初の地震は午前11時58分。震源は相模湾西部の海底で、それから5分間のあいだに3回の烈震が発生し、午後一時までに強烈な地震が7回にわたって関東地方を襲っています。大小の余震は同日深夜12時までに128回となっています。翌日にはさらに追い打ちをかけるように房総半島勝浦沖を震源に大きな地震が発生しています。
津波は相模湾沿岸から房総半島に、3~12メートルの高さで押し寄せています。私が波乗りしている鎌倉は3メートルとなっています。地形は大きく陥没したところと隆起したところがあり、地震のエネルギーのすさまじさを物語っています。
YOU TUBEに関東大震災の発生時を現代に再現したものがありましたが、見ていると恐ろしくなってきます。
建物の倒壊に巻き込まれて亡くなった方が占める割合はそれほど多くなく、圧倒的に多いのは火災に巻き込まれて亡くなった方です。本所の被服廠跡の悲劇は多くの人が知るところですが、それ以外の場所でも同様にたくさんの方が亡くなられています。
避難してきた人が荷車に積んでいた家財道具に火が燃え移って火勢を強くしてしまったり、道路をふさいでしまって被害を増加させる原因になっています。江戸時代には同様の教訓から、避難の際には家財道具は持ち出してはいけないという決まりがあったそうですが、それは忘れられてしまっていて生かせなかったようです。
天災は人災をも誘発しています。多くの流言(デマ)です。朝鮮人と社会主義者が暴動を起こしたという噂は横浜で発生して一日で東京まで伝わっています。それが原因で、多くの朝鮮人とそれに間違えられた日本人が誤解から虐殺されています。政界では、総理大臣に就任するはずだった人物が暗殺されたというデマや、某政党本部が倒壊して多くの政治家が亡くなったなどというデマ。今でもありそうな、明日の〇時にまた大きな地震が起こるというデマもあったようです。正確な情報が無く、災害の恐怖におびえきってしまった人心はそういうデマをも信じてしまうのかもしれません。
果たして自分にそれがふりかかってきたとき何ができるのか、どうすればよいのかと改めて考えさせられました。起こってしまったとき安全な場所はどこか。移動するのは。水と食料は。食べたら出さなくちゃいけません。寒いのか暑いのか。考えて備えなくてはいけないことはたくさんありすぎです。
関東大震災の記録を読んでいたら、今日は本当は大変な日なんだとはじめて真面目に考えてしまいました。
最初の地震は午前11時58分。震源は相模湾西部の海底で、それから5分間のあいだに3回の烈震が発生し、午後一時までに強烈な地震が7回にわたって関東地方を襲っています。大小の余震は同日深夜12時までに128回となっています。翌日にはさらに追い打ちをかけるように房総半島勝浦沖を震源に大きな地震が発生しています。
津波は相模湾沿岸から房総半島に、3~12メートルの高さで押し寄せています。私が波乗りしている鎌倉は3メートルとなっています。地形は大きく陥没したところと隆起したところがあり、地震のエネルギーのすさまじさを物語っています。
YOU TUBEに関東大震災の発生時を現代に再現したものがありましたが、見ていると恐ろしくなってきます。
建物の倒壊に巻き込まれて亡くなった方が占める割合はそれほど多くなく、圧倒的に多いのは火災に巻き込まれて亡くなった方です。本所の被服廠跡の悲劇は多くの人が知るところですが、それ以外の場所でも同様にたくさんの方が亡くなられています。
避難してきた人が荷車に積んでいた家財道具に火が燃え移って火勢を強くしてしまったり、道路をふさいでしまって被害を増加させる原因になっています。江戸時代には同様の教訓から、避難の際には家財道具は持ち出してはいけないという決まりがあったそうですが、それは忘れられてしまっていて生かせなかったようです。
天災は人災をも誘発しています。多くの流言(デマ)です。朝鮮人と社会主義者が暴動を起こしたという噂は横浜で発生して一日で東京まで伝わっています。それが原因で、多くの朝鮮人とそれに間違えられた日本人が誤解から虐殺されています。政界では、総理大臣に就任するはずだった人物が暗殺されたというデマや、某政党本部が倒壊して多くの政治家が亡くなったなどというデマ。今でもありそうな、明日の〇時にまた大きな地震が起こるというデマもあったようです。正確な情報が無く、災害の恐怖におびえきってしまった人心はそういうデマをも信じてしまうのかもしれません。
果たして自分にそれがふりかかってきたとき何ができるのか、どうすればよいのかと改めて考えさせられました。起こってしまったとき安全な場所はどこか。移動するのは。水と食料は。食べたら出さなくちゃいけません。寒いのか暑いのか。考えて備えなくてはいけないことはたくさんありすぎです。
関東大震災の記録を読んでいたら、今日は本当は大変な日なんだとはじめて真面目に考えてしまいました。
今日、8月6日は広島に原子爆弾が投下された日です。3日後の8月9日には長崎に投下されました。74年前の1945年、太平洋戦争末期のことです。
私の母は14歳のときに長崎で、爆心地から1.8㎞の地点で被爆しました。幸運にも大きな怪我や熱傷を負うことはありませんでしたが、髪が抜け、身体に紫斑が出ることに加え、強度の貧血と下痢という放射能症で苦みました。祖母は、もうこの子はダメだと半分あきらめていたそうです。
私がまだ子供のころ、いまの季節になると原爆が落ちた時の話をよくしていたものです。それは、本で読んだ、広島・長崎の被爆者の話と同じ内容でしたが、本で読むよりもずっと強く心に響いてきたものでした。
実際にその当時、銭湯へ行くと原爆で負った傷跡やヤケドの跡がある人を見かけることも少なくありませんでした。近くには、アメリカが設置したABCCという機関があって被爆者の健康調査を行っていました。放射能の影響の調査だけが目的で治療等は何もやってくれないので、オイたちはモルモットたい、あげんところへは行くな、と回りの大人たちが怒っていたのを覚えています。私が小中学生だった、1970年代の話です。
74年という時間が経った今、原爆だけでなく戦争体験者の人口が少なくなっています。つまり戦争を自分の身体で、実際の体験として、知っている人がだんだん居なくなっているということです。私の母も一昨年、87で亡くなりました。
自分の頭上から自分を殺そうと爆弾が降ってくる。当たれば肉体を破壊する弾丸をためらいもなく自分に向けて撃ってくる相手が近づいてくる。戦争体験を書いた本で読むことはできても、それが実際にはどれほどの恐怖であり苦痛なのか、戦争を知らない私たちは、本を読み想像することしかできません。
自分の感覚として感じることですが、時間が経つにつれて戦争という感覚がだんだんと薄れつつあるように思います。実際の体験者はだんだんと減り、学校教育では近代史以降の戦争を学ぶことはなく、自分の国が行ってきたことを顧みれば自虐と言われかねない始末です。
戦争の理論は当事者それぞれの立場で変わります。敗戦国、戦勝国、戦線の兵士、戦争指導者、政治家、一般国民、関係してくるもの全てがおかれる立場と状況を知らなければ、戦争は理解できないと思います。そして、知れば知るほど感じるのは、戦争が持つ非人間性と非合理性です。
それを伝えてくれるのが当事者たちの肉声であり書物ですが、悲しいかな肉声はだんだんと減っていきます。それが74年という歳月です。風化させないと言うのは簡単ですが、とても難しいことです。
私たちができることは過去をもっと知ること。いろいろな立場から書かれた書物がたくさんあります。過去に学んで、今と未来の世の中に生かしていくことが74年前の戦争と向き合うことではないかと思っています。
私の母は14歳のときに長崎で、爆心地から1.8㎞の地点で被爆しました。幸運にも大きな怪我や熱傷を負うことはありませんでしたが、髪が抜け、身体に紫斑が出ることに加え、強度の貧血と下痢という放射能症で苦みました。祖母は、もうこの子はダメだと半分あきらめていたそうです。
私がまだ子供のころ、いまの季節になると原爆が落ちた時の話をよくしていたものです。それは、本で読んだ、広島・長崎の被爆者の話と同じ内容でしたが、本で読むよりもずっと強く心に響いてきたものでした。
実際にその当時、銭湯へ行くと原爆で負った傷跡やヤケドの跡がある人を見かけることも少なくありませんでした。近くには、アメリカが設置したABCCという機関があって被爆者の健康調査を行っていました。放射能の影響の調査だけが目的で治療等は何もやってくれないので、オイたちはモルモットたい、あげんところへは行くな、と回りの大人たちが怒っていたのを覚えています。私が小中学生だった、1970年代の話です。
74年という時間が経った今、原爆だけでなく戦争体験者の人口が少なくなっています。つまり戦争を自分の身体で、実際の体験として、知っている人がだんだん居なくなっているということです。私の母も一昨年、87で亡くなりました。
自分の頭上から自分を殺そうと爆弾が降ってくる。当たれば肉体を破壊する弾丸をためらいもなく自分に向けて撃ってくる相手が近づいてくる。戦争体験を書いた本で読むことはできても、それが実際にはどれほどの恐怖であり苦痛なのか、戦争を知らない私たちは、本を読み想像することしかできません。
自分の感覚として感じることですが、時間が経つにつれて戦争という感覚がだんだんと薄れつつあるように思います。実際の体験者はだんだんと減り、学校教育では近代史以降の戦争を学ぶことはなく、自分の国が行ってきたことを顧みれば自虐と言われかねない始末です。
戦争の理論は当事者それぞれの立場で変わります。敗戦国、戦勝国、戦線の兵士、戦争指導者、政治家、一般国民、関係してくるもの全てがおかれる立場と状況を知らなければ、戦争は理解できないと思います。そして、知れば知るほど感じるのは、戦争が持つ非人間性と非合理性です。
それを伝えてくれるのが当事者たちの肉声であり書物ですが、悲しいかな肉声はだんだんと減っていきます。それが74年という歳月です。風化させないと言うのは簡単ですが、とても難しいことです。
私たちができることは過去をもっと知ること。いろいろな立場から書かれた書物がたくさんあります。過去に学んで、今と未来の世の中に生かしていくことが74年前の戦争と向き合うことではないかと思っています。
今日は真面目なお話です(いつも真面目ですが)ご存じの通り、10月1日から消費税が10%になります。購入者側からすれば2%の値上げに他なりませんが、かと言って私のおこずかいが2%増えるわけではなく、国に治める税金を預かっていることになります。預かった税金は年に一度、まとめてお支払いしています。
値上げしたくないのはやまやまですが、日本国内で商売をしている限り、うちだけ消費税据え置きです、というわけにはいきません。10月1日からは消費税は10%頂戴いたします。
2か月先のことですが、私の場合はすでに関係ありです。サーフボードのカスタムオーダーです。
カツカワミナミサーフボードのオーダーは、2か月半~3か月くらいかかっていますので、いまからではおそらく9月30日には間に合いません。できあがる頃には、消費税は10%になってしまいます。
先にお代金をいただければ、9月30日までのオーダーでしたら、もちろん8%でOKなのですが、慌てなくても大丈夫です。
消費増税にともなってポイント還元制度がスタートするのをご存じかと思います。消費増税対策と同時にキャッシュレス化をすすめる国の施策です。それを利用すれば、今よりも実質の価格はお安くすることができるのです。
ポイント還元制度というのは、10月1日から翌年の6月30日までの9か月のあいだにクレジットカード決済など、現金以外の方法でお支払いいただければ、利用代金の2%~5%分がポイントとして戻ってくるという制度です。
5%の還元は私のような小規模(零細)事業者が対象です。百貨店などの大手は対象外でコンビニやフランチャイズチェーンは2%になります。
つまり、2%上がって5%戻ってくるということになります。
国の施策に、いろいろ言いたいことがあるむきもいらっしゃるかとは思いますが、それは今週末の選挙に反映させていただくとして、とりあえず世の中はそちらへ向かって進んでいます。使えるものは使ってしまいましょう。9か月間です。
私のところも皆さんに還元できるようにただいま準備中です。準備が完了しましたらお知らせいたします。ネットでのお買い物に使っている、クロネコヤマトの決済サービスも対象です。
さて、明日は定休日。シェイプルームへ行ってきます。風はしばらくオンショア。日曜日あたりにまとまるかもしれません。
値上げしたくないのはやまやまですが、日本国内で商売をしている限り、うちだけ消費税据え置きです、というわけにはいきません。10月1日からは消費税は10%頂戴いたします。
2か月先のことですが、私の場合はすでに関係ありです。サーフボードのカスタムオーダーです。
カツカワミナミサーフボードのオーダーは、2か月半~3か月くらいかかっていますので、いまからではおそらく9月30日には間に合いません。できあがる頃には、消費税は10%になってしまいます。
先にお代金をいただければ、9月30日までのオーダーでしたら、もちろん8%でOKなのですが、慌てなくても大丈夫です。
消費増税にともなってポイント還元制度がスタートするのをご存じかと思います。消費増税対策と同時にキャッシュレス化をすすめる国の施策です。それを利用すれば、今よりも実質の価格はお安くすることができるのです。
ポイント還元制度というのは、10月1日から翌年の6月30日までの9か月のあいだにクレジットカード決済など、現金以外の方法でお支払いいただければ、利用代金の2%~5%分がポイントとして戻ってくるという制度です。
5%の還元は私のような小規模(零細)事業者が対象です。百貨店などの大手は対象外でコンビニやフランチャイズチェーンは2%になります。
つまり、2%上がって5%戻ってくるということになります。
国の施策に、いろいろ言いたいことがあるむきもいらっしゃるかとは思いますが、それは今週末の選挙に反映させていただくとして、とりあえず世の中はそちらへ向かって進んでいます。使えるものは使ってしまいましょう。9か月間です。
私のところも皆さんに還元できるようにただいま準備中です。準備が完了しましたらお知らせいたします。ネットでのお買い物に使っている、クロネコヤマトの決済サービスも対象です。
さて、明日は定休日。シェイプルームへ行ってきます。風はしばらくオンショア。日曜日あたりにまとまるかもしれません。
メネフネビーチストアのウェブサイト。はっきり言って(はっきり言わなくても)古いです。2000年に今のショップを立ち上げようと、サイトの作成ソフトとHTMLを勉強して自分で作りました。
PCで見るならそれなりに使えますが、モバイル対応度はゼロ。早い話が、時代に合っていない。
サイトを新しくしようと、いろいろやっておりますがネットの世界が変わりすぎて(というか、放置しすぎです)前世紀のアタマをなんとかアップデイトしようと勉強中です。クラシックなものは好きですが、さすがにサイトは新しい方がいいに決まってます。
年明けから始めてまだ遅々として進んでいませんが、サーバーのスペースを借りて、新しいドメインを取得。サイトの構築は、前回のようにゼロから自分でというのはかなり困難そうなので、合っていそうなテンプレートを見つけて購入するところまで進みました。
曖昧なままで進めると、後々で大変な修正作業ということになるのは経験済なので、慌てずにまずは試行錯誤しつつ新しいネットのお作法を勉強中です。
いままでよりも数倍見やすいサイトを作ろうと、大きなイメージは出来ていますが形にするのにはまだまだ時間がかかりそうです。
なんとか令和元年中にはと考えております。
天皇の崩御にしたがって昭和という時代が終わり、平成という元号が発表されたのがちょうど30年前の今日。1989年のことです。私はまだ24歳。社会人になってまだ一年目の若造でした。
あれから30年経つんだなあと思うと、感慨深いものがあります。
YOU TUBEを探してみたら、当時の映像がありました。見ているとその頃の空気感みたいなものがよみがえってきます。私は街の声でインタビューに答えている若者と同じくらいの年代です。日本中がシンとしてしまった感じで、いたるところに半旗がかかげられていました。鈴木史郎アナウンサーが若い。
あるご家庭の反応。おばあちゃんたちの会話をよく聞いていると面白いです。「え? へいせーぇ?」およそ皆さんこんな感じではなかったかと…。左側のおばあちゃんが、大正から昭和になったときも「え?しょうわあ?」みたいな感じだったもんね、と言っているのがすごいなあと…。
新しい年号になるときもたぶん、同じような感じなんでしょうね。
鈴木家の皆さんがブラウン管のテレビでみていた映像がこれです。平成おじさん、小渕官房長官。
ついでに平成元年のヒット曲。ほぼ全部知ってます。
あれから30年経つんだなあと思うと、感慨深いものがあります。
YOU TUBEを探してみたら、当時の映像がありました。見ているとその頃の空気感みたいなものがよみがえってきます。私は街の声でインタビューに答えている若者と同じくらいの年代です。日本中がシンとしてしまった感じで、いたるところに半旗がかかげられていました。鈴木史郎アナウンサーが若い。
あるご家庭の反応。おばあちゃんたちの会話をよく聞いていると面白いです。「え? へいせーぇ?」およそ皆さんこんな感じではなかったかと…。左側のおばあちゃんが、大正から昭和になったときも「え?しょうわあ?」みたいな感じだったもんね、と言っているのがすごいなあと…。
新しい年号になるときもたぶん、同じような感じなんでしょうね。
鈴木家の皆さんがブラウン管のテレビでみていた映像がこれです。平成おじさん、小渕官房長官。
ついでに平成元年のヒット曲。ほぼ全部知ってます。
KK フィッシュのユーズドボードが入荷しました。
ボリュームをもたせたラウンドノーズと絞り気味のテール、ひとめでKKフィッシュとわかる特徴的なアウトラインです。レイクが入ったキールフィンはシングルフォイルで回転性を考慮したセッティングになっています。
ラウンドノースはスピードを付けやすく、独特のグライドする感覚を生み出します。絞り気味のテールとフィンのセッティングはより軽快な動きが可能で根強いファンが多い、カツカワミナミサーフボードオリジナルのフィッシュです。
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昨日、午前中はチムチムチェリー、薪ストーブの煙突掃除です。寒さが本格的になる前にやっとかなくては薪が焚けません。
屋根にのぼって、先端にブラシがついた長い棒で昨冬についたススを落とします。
ススで真っ黒になってしまうので、写真はありません。ゴミ袋の中は落としたスス。昨シーズンで、茶わん一杯分くらい。上手に燃やすと、ススも少ないのです。この量ならまあ合格でしょう。
これでいつ寒くなっても大丈夫です。
ススをきれいに落としてスッキリしたあとは、昨日の目的の銀座方面へ。まずは京橋の南インド料理の老舗、ダーバ・インディアへ。
実は最近、南インドのカレーにハマってます。これまで良く作ってきた北インドのカレーと違うのは使うスパイスと酸味です。
最初は不思議だった、この酸味にハマってます。すっぱいカレーが好きです。
というわけで、ドーサの中を何が入ってんのかなー?とのぞき込む私です。
もうひとつは、ミールス。何種類かのカレーをバナナの葉っぱに並べた南インドのカレープレート。
家でもスパイスを買い込んで、いろいろと研究中です。
南インドを楽しんだあとは、銀座をぶらぶらしながら日比谷へ。銀座は久しぶりの歩行者天国でした。古いものと新しいものが上手にまじりあった街は面白い。最近よく行きます。
やってきたのはここです。東京宝塚劇場。後ろは日比谷ミッドタウンです。
観劇チケットをいただいたので見に来ました。宝塚初体験です。
宝塚歌劇、有名ですがこれまで特に興味もなかったので、自分がどう感じるのかということに多いに興味がありました。
見たのはこれです。
さすが日本を代表するエンタテイメントのひとつです。歌と踊り、衣装や舞台装置も素晴らしくて、二部構成の約三時間、夢中で見ちゃいました。
宝塚ファンは圧倒的に女性が多いそうですが、南インドに引き続いてハマりそうな私です。

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