MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
ショップのオープンは2001年。それ以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
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昨日のブログの最後でボンザーのことを書いたら何となく読みたくなって、73年のSURFERマガジンを引っ張り出して、ビング・コープランドとマイク・イートン、ダンカン、マルコムのキャンベル兄弟の対談を読み返してみました。
個人的な感想なのかもしれませんが、海でたくさんの種類のサーフボードを目にする中で、どうしてなのかボンザーは目にする機会が少ないように思います。
調子いいんですけどね~。
ボンザーは、1970年ごろからキャンベル兄弟によって作られはじめました。彼らのお父さんが、船舶技師で特に船のスピードを上げることに熱意を持っており、そのスピード理論をサーフボードのボトムに応用したのがボンザーデザインです。
三枚のフィンを持った始めてのサーフボードのひとつですが、のちのサイモン・アンダーソンのトライフィンとはリンクはありません(無関係とは言い切れませんが)
前方のコンケーブからセンターフィンの前にある二枚のウィングの間に水の流れを取り込んで、ウィングによって後方へ噴出させてスピードをアップさせる理屈です。ベンチューリとベルヌーイの定理だと言いますが、その辺は私のアタマでは理解不能です。
キャンベル兄弟はあちこちのサーフボード工場へこのデザインを持ち込みますが、その理論の確かさを理解したのはマイク・イートンだけだったと言っています。こうして1973年にビング・ボンザーが誕生します。
マイク・イートンはボンザーの性能の確かさを裏付けるひとつの話として、ノーズショアのサンセットビーチでの出来事をあげています。
ハワイアンサイズで8フィートのサンセットで、ミスターサンセット、ジェフ・ハックマンを6’6”のボンザーに乗せます。当時としては標準の長さだった7’2”のジェフ・ハックマンのシングルフィンを借りてマイク・イートンは沖へ出ますが、ジェフ・ハックマンはあきらかにいつもより速いスピードでサンセットの波を滑り、二時間半のセッションの間、自分のボードと取替えにくることはなかったそうです(そのあとジェフ・ハックマンはボンザーに乗るようになります)
実際、ボンザーに乗ると分かりますが、あきらかにターンは伸びてスピードも出ます。テイクオフも速くなります。よりマニューバをしたければ、5フィンのボンザーがあります。
それではどうしてボンザーがもっと出回らないのか?おそらく見た目のせいだと思います。知らない人は大抵「引っかかりそう」と言います。本当は逆なんですけど…
対談の中でマイク・イートンも言っています。キャンベル兄弟のボンザー理論をどれだけ(口頭や紙の上で)説明しても、この風変わりな外観のボードが海で機能するとは信じられないだろうと。
なんだか今も昔も変わらないと思いました。
そんな優れたデザインがどうして今でもマイナーなままなんだと疑問に思うかもしれません。73年にビングボンザーが誕生したあと、ビングサーフボードはあるサーフボードメーカーに買収されます。キャンベル兄弟は権利を買ったそのボードメーカーが、「にせもの」のボンザーを作るのに全く口を出せなくなってしまうのです。
76年には全てが消え去ったと、マット・ワーショウはサーフィン・エンサイクロペディアに書いています。80年代に入って、よりマニューバ性が高い5フィンのボンザーが作られますが、トライフィン、コンテスト全盛の時代の流れはあまりにも大きすぎたと思います。
ボンザー乗ったことありますか?乗ってみる価値が多いにあるボードデザインです。私は、KK BEANで3フィンのボンザー作ってもらおうと思ってます。
ボンザー興味ある方は、こちらもどうぞ。マルコム・キャンベル氏のインタビューです。
さて、今日到着のこのウェットは自分用。ショートジョン。クラシックなカラーでいいでしょ?
このショートジョンを着て、68年製のVEEボトムに乗ったら、気分はまさにEVOLUTIONです。
個人的な感想なのかもしれませんが、海でたくさんの種類のサーフボードを目にする中で、どうしてなのかボンザーは目にする機会が少ないように思います。
調子いいんですけどね~。
ボンザーは、1970年ごろからキャンベル兄弟によって作られはじめました。彼らのお父さんが、船舶技師で特に船のスピードを上げることに熱意を持っており、そのスピード理論をサーフボードのボトムに応用したのがボンザーデザインです。
三枚のフィンを持った始めてのサーフボードのひとつですが、のちのサイモン・アンダーソンのトライフィンとはリンクはありません(無関係とは言い切れませんが)
前方のコンケーブからセンターフィンの前にある二枚のウィングの間に水の流れを取り込んで、ウィングによって後方へ噴出させてスピードをアップさせる理屈です。ベンチューリとベルヌーイの定理だと言いますが、その辺は私のアタマでは理解不能です。
キャンベル兄弟はあちこちのサーフボード工場へこのデザインを持ち込みますが、その理論の確かさを理解したのはマイク・イートンだけだったと言っています。こうして1973年にビング・ボンザーが誕生します。
マイク・イートンはボンザーの性能の確かさを裏付けるひとつの話として、ノーズショアのサンセットビーチでの出来事をあげています。
ハワイアンサイズで8フィートのサンセットで、ミスターサンセット、ジェフ・ハックマンを6’6”のボンザーに乗せます。当時としては標準の長さだった7’2”のジェフ・ハックマンのシングルフィンを借りてマイク・イートンは沖へ出ますが、ジェフ・ハックマンはあきらかにいつもより速いスピードでサンセットの波を滑り、二時間半のセッションの間、自分のボードと取替えにくることはなかったそうです(そのあとジェフ・ハックマンはボンザーに乗るようになります)
実際、ボンザーに乗ると分かりますが、あきらかにターンは伸びてスピードも出ます。テイクオフも速くなります。よりマニューバをしたければ、5フィンのボンザーがあります。
それではどうしてボンザーがもっと出回らないのか?おそらく見た目のせいだと思います。知らない人は大抵「引っかかりそう」と言います。本当は逆なんですけど…
対談の中でマイク・イートンも言っています。キャンベル兄弟のボンザー理論をどれだけ(口頭や紙の上で)説明しても、この風変わりな外観のボードが海で機能するとは信じられないだろうと。
なんだか今も昔も変わらないと思いました。
そんな優れたデザインがどうして今でもマイナーなままなんだと疑問に思うかもしれません。73年にビングボンザーが誕生したあと、ビングサーフボードはあるサーフボードメーカーに買収されます。キャンベル兄弟は権利を買ったそのボードメーカーが、「にせもの」のボンザーを作るのに全く口を出せなくなってしまうのです。
76年には全てが消え去ったと、マット・ワーショウはサーフィン・エンサイクロペディアに書いています。80年代に入って、よりマニューバ性が高い5フィンのボンザーが作られますが、トライフィン、コンテスト全盛の時代の流れはあまりにも大きすぎたと思います。
ボンザー乗ったことありますか?乗ってみる価値が多いにあるボードデザインです。私は、KK BEANで3フィンのボンザー作ってもらおうと思ってます。
ボンザー興味ある方は、こちらもどうぞ。マルコム・キャンベル氏のインタビューです。
さて、今日到着のこのウェットは自分用。ショートジョン。クラシックなカラーでいいでしょ?
このショートジョンを着て、68年製のVEEボトムに乗ったら、気分はまさにEVOLUTIONです。
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