MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
ショップのオープンは2001年。それ以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
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ちょっと前のブログで、93年のワイキキでの自分の写真について書いたのを思い出してください。これです。マカハのワールドコンテストでラスティ・ケアウラナがチャンピオンになった年です。
そして、ちょうど同じタイミングで届いたサーファージャーナル日本版に、その当時からはじまったロングボードブームの記事が載っていたのを読んで、あらためて25年間という時間を実感しています。
93、94、95年と三年連続チャンピオンだったラスティ・ケアウラナのお店は最初、アラモアショッピングセンターの裏、カピオラニのKFCの隣にありました。
そこで、94年にマリブで優勝したときのボードを見せてもらったことがあります。93年に使ったボードと同じBKシェイプで、例のカラーリングは同じでしたが、波が小さなマリブに合わせてノーズから幅が広く取られていたのを覚えています(ノーズはびっくりするくらい広かった)
93年のハレイワのボードは細くて薄くて、全然違いましたから、ラスティみたいな人でも波に合わせてこんなに違うシェイプに乗るんだと、いろんな意味で認識をあらためた記憶があります。
こんなこともありました。
季節は確か秋。ヴェテランズデイだったかサンクスギビングだったのか忘れましたが、その時期です。
休日だったので、ワイキキは混むだろうと予想して(波も良かった)早朝から岸からパドルで20分ちょっとかかる沖のポイントで波乗りしていました。
だんだん日が高くなってきて、予想通りたくさんの地元のサーファーでにぎわい始めたので、私はスローダウンして、ハワイの海を楽しんでいました(いい波、まわってきませんから)。
良い天気でゆるいオフショアに世界一気持ちがいいハワイの海水と、休日のビーチ沿いのホテルで演奏されるハワイアンミュージックが風に乗って聞こえてくるのにすっかりなごんでいたら、岸からだんだんと近づいてくる妙なシルエットがふたつ。
それは、ジョーイ・ヴァレンタインとランス・ホッカノでした。二人ともでっかい船みたいなサーフボードで、どうやって進んでいるのかボードに立ったままで近づいてきます。その当時、ハワイではもうSUP(昔はビーチボーイスタイルとか言ったような)をやっている人いましたが、二人はパドルは持っていませんでした。
それで、波が来たなあと思っていたら、これまたどうやったのか、ボードの上で立ったままの姿勢で大きなボードの向きをくるりと岸へと向け、パドルもしていない(ように見えた)のに波をつかまえて滑っていくのを波の後ろから見ていた私の頭の中は「?」が飛び交っていました。(追記1.
当時、すでにクラシックスタイルのロングボードに傾倒していっていたので、プログレッシブ系のロングボードにはあまり興味はありませんでしたが、プログレッシブ≠ハワイアンスタイルのロングボーディングで、ハワイアンスタイルの中のひとつのカルチャーとして理解&リスペクトしているのは、そんな経験からだと思います。
ショップの名前も、メネフネだし 笑。
エンドレスサマーが波乗りを始めるきっかけだった私は、自然とそちらへと流れていっていましたが、ボードはあの映画に出てくるみたいなのが欲しいけど、何か違う。トランクスは90年代の半ケツダブダブ系はアウトで、当時からバードウェルです。ずっと赤いの履いていました。
ジョエル・チューダーのおかげで、そういうデザインのロングボードが作られるようになって私もその恩恵を多いに受けたのですが、彼の他にもタイラーサーフボードとマット・ハワードなど、クラシックボードへの回帰はカリフォルニアでは自然な流れだったんじゃないかと思います。
カリフォルニアもその頃かな。シールビーチからサンディエゴまでビーチホッピングしながら行ったのは、ネットも無い時代自分としては探検&冒険気分でした。
思い出してみれば、つい最近のことのように思い出されますが、そこに25年という時間が経過しているのも事実です。以前、このブログで書いた最初のカリフォルニア、シールビーチの写真です。今では宿泊したこのホテルも、昔ながらの雰囲気たっぷりだったリカーショップもありません。
日本でも、自分のまわりでも同じことです。10代まで住んでいた長崎、自分が今住んでいる場所、そして東京の街も25年の間に変わっています。その変化を受け入れ難いと感じる場所もあります。変わって欲しくない場所は誰にでもあるのではないかと思います。でも変わらないものなんてありません。
結局、ロングボードに戻ってきている25年後の今ですが、25年前のクラシックよりもさらにエスカレートしているようです。
歳月が過ぎても、たいして変わらないものもありましたね。
(追記1. 私が11フィートもあるグライダーに触手を動かしたのは、先のブログのレンタルボードやこの経験がベースになっていると思います。普通のロングボードに加えて、11、12フィートといったビッグボードに興味を持ち始めたのはこのときのイメージが強烈だったからです。
そして、ちょうど同じタイミングで届いたサーファージャーナル日本版に、その当時からはじまったロングボードブームの記事が載っていたのを読んで、あらためて25年間という時間を実感しています。
93、94、95年と三年連続チャンピオンだったラスティ・ケアウラナのお店は最初、アラモアショッピングセンターの裏、カピオラニのKFCの隣にありました。
そこで、94年にマリブで優勝したときのボードを見せてもらったことがあります。93年に使ったボードと同じBKシェイプで、例のカラーリングは同じでしたが、波が小さなマリブに合わせてノーズから幅が広く取られていたのを覚えています(ノーズはびっくりするくらい広かった)
93年のハレイワのボードは細くて薄くて、全然違いましたから、ラスティみたいな人でも波に合わせてこんなに違うシェイプに乗るんだと、いろんな意味で認識をあらためた記憶があります。
こんなこともありました。
季節は確か秋。ヴェテランズデイだったかサンクスギビングだったのか忘れましたが、その時期です。
休日だったので、ワイキキは混むだろうと予想して(波も良かった)早朝から岸からパドルで20分ちょっとかかる沖のポイントで波乗りしていました。
だんだん日が高くなってきて、予想通りたくさんの地元のサーファーでにぎわい始めたので、私はスローダウンして、ハワイの海を楽しんでいました(いい波、まわってきませんから)。
良い天気でゆるいオフショアに世界一気持ちがいいハワイの海水と、休日のビーチ沿いのホテルで演奏されるハワイアンミュージックが風に乗って聞こえてくるのにすっかりなごんでいたら、岸からだんだんと近づいてくる妙なシルエットがふたつ。
それは、ジョーイ・ヴァレンタインとランス・ホッカノでした。二人ともでっかい船みたいなサーフボードで、どうやって進んでいるのかボードに立ったままで近づいてきます。その当時、ハワイではもうSUP(昔はビーチボーイスタイルとか言ったような)をやっている人いましたが、二人はパドルは持っていませんでした。
それで、波が来たなあと思っていたら、これまたどうやったのか、ボードの上で立ったままの姿勢で大きなボードの向きをくるりと岸へと向け、パドルもしていない(ように見えた)のに波をつかまえて滑っていくのを波の後ろから見ていた私の頭の中は「?」が飛び交っていました。(追記1.
当時、すでにクラシックスタイルのロングボードに傾倒していっていたので、プログレッシブ系のロングボードにはあまり興味はありませんでしたが、プログレッシブ≠ハワイアンスタイルのロングボーディングで、ハワイアンスタイルの中のひとつのカルチャーとして理解&リスペクトしているのは、そんな経験からだと思います。
ショップの名前も、メネフネだし 笑。
エンドレスサマーが波乗りを始めるきっかけだった私は、自然とそちらへと流れていっていましたが、ボードはあの映画に出てくるみたいなのが欲しいけど、何か違う。トランクスは90年代の半ケツダブダブ系はアウトで、当時からバードウェルです。ずっと赤いの履いていました。
ジョエル・チューダーのおかげで、そういうデザインのロングボードが作られるようになって私もその恩恵を多いに受けたのですが、彼の他にもタイラーサーフボードとマット・ハワードなど、クラシックボードへの回帰はカリフォルニアでは自然な流れだったんじゃないかと思います。
カリフォルニアもその頃かな。シールビーチからサンディエゴまでビーチホッピングしながら行ったのは、ネットも無い時代自分としては探検&冒険気分でした。
思い出してみれば、つい最近のことのように思い出されますが、そこに25年という時間が経過しているのも事実です。以前、このブログで書いた最初のカリフォルニア、シールビーチの写真です。今では宿泊したこのホテルも、昔ながらの雰囲気たっぷりだったリカーショップもありません。
日本でも、自分のまわりでも同じことです。10代まで住んでいた長崎、自分が今住んでいる場所、そして東京の街も25年の間に変わっています。その変化を受け入れ難いと感じる場所もあります。変わって欲しくない場所は誰にでもあるのではないかと思います。でも変わらないものなんてありません。
結局、ロングボードに戻ってきている25年後の今ですが、25年前のクラシックよりもさらにエスカレートしているようです。
歳月が過ぎても、たいして変わらないものもありましたね。
(追記1. 私が11フィートもあるグライダーに触手を動かしたのは、先のブログのレンタルボードやこの経験がベースになっていると思います。普通のロングボードに加えて、11、12フィートといったビッグボードに興味を持ち始めたのはこのときのイメージが強烈だったからです。
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