MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
ショップのオープンは2001年。それ以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 還暦を過ぎて、BASIピラティスのマットインストラクターの資格を取得。年齢に関係なく調子良く動けるカラダ目指しています。
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先週末、ドイツへ仕事で行っていた女房が帰ってきたのを迎えに、羽田空港まで届いたばかりの新しいカングーで行ってきました。

実は今年になってようやく、携帯をガラケーからスマホに替えたのですが、知らないうちに(笑)世の中すっかり便利になったもんで、ドイツにいてもフランスにいても、ネットにつながるところなら顔を見ながら話が出来てしまうのにいまさらながらビックリ。

ひと昔前だったら、パソコンを立ち上げてメール、というのが海外にいる人との主なコミュニケーションの手段でしたが、そのへんにいるみたいに顔をみながら簡単に話ができてしまいます。しかもお金もかからないなんてやっぱりすごい。



それで、空港へ行くのには高速道路を使うのですが、スマホに続いてようやく、E・T・C…笑。初めてです。いままでずっと、料金所のおっちゃんに小銭を渡してました。

エンジンをかけると、ETCのカードリーダーの女の人が「カードを認識しました、有効期限は…」と話かけてくれるのですが、これで本当に料金所のあの赤と白のバーが開くのかいな?とビクビク。

第三京浜の都筑で初挑戦。幸い、交通量が少ない時間帯だったので後ろにクルマはいません。

いままで行き慣れた「一般レーン」の窓口のおっちゃんのところへついつい行きそうになるのを、「ETCレーン」へ突入です。もういちどミラーで後ろを確認しながら、小銭渡せるくらいにスピードを落としてますが、気持ちはGO FOR IT!か、EDDIE WOULD GO!です。

まあ当たり前ですが、通せんぼしていたバーがパッと開いたときの安堵感といったら…。



それで、無事第三京浜に乗って安心する間もなく、これまた初めて通るルートに挑戦です。

新しくできた横浜北線です。空港行きのバスでは何度も通っているのですが、自分で運転して通るのは初めて。

ちなみに横浜北線というのは、第三京浜の港北インターから新横浜あたりの地下を通って、生麦から大黒ふ頭経由で湾岸線につながっている首都高速道路です。

それまでは、羽田や成田へ行くのに第三京浜を横浜まで行って、本牧から湾岸線に入るルートだったのに、横浜、本牧、ベイブリッジをショートカットしてしまう新しくできたルートです。

ベイブリッジルートは何度も通って慣れているのですが、初めてのルートで、しかも分かりにくい首都高なのでかなり緊張 笑。

港北インターのジャンクションのランプウェイがとっても高いところを走っていて、眺めは良いんですが、この道いったいどこへ行っちゃうの~?と緊張をさらに高めてくれるのです。


入った分岐に不安になりつつ、前方に見慣れた湾岸線に合流しているのが見えたときの二度目の安堵感。ワキ汗びっしょりです。

無事、羽田空港国際ターミナルに到着しました。都筑のインターから30分もかかりません。ETCのゲートも空港まで三回。30分前の緊張はもう遠い昔のことです。



到着ゲートの建物に隠れていますが、エールフランスの特徴がある尾翼が止まって、こちらも無事到着。

事前精算機で料金を支払ってクルマへ戻り、パーキングの出口へ向かいます。

精算機に近づくと、何もしていないのにゲートが開きます。一瞬、ETC?と思いましたが、そんなあっちこっちETCで開くはずがありません。駐車券を入れようとしても入らず、「出庫してください」という声が…

駐車券をあらためて見ましたが普通の磁器式の券です。事前精算済みなのがどうして分かるの?


不思議でたまらなかったので、あとで調べてまたビックリ。

パーキングに入るときに、クルマのナンバーを機械で認識して、発券した駐車券とクルマのナンバーを自動的に関連付けているそうです。

それで、出庫しようと料金所に来たクルマのナンバーの駐車券が事前に精算済みだったら、自動的にゲートが開いて出庫できるしくみだそうです。駐車券の右下、よく見たらクルマのナンバーが印字されてます。

いろいろと、up to dateした一日でした。


up-to-date;【最新式の、現代的に、アップトゥーデイト】
日本語では「アップトゥーデイト」ですが英語発音は「アップタデイト」です。


世の中どんどん便利になってますが、古いクルマに喜んで、シングルフィンだのDフィンだの言っている私です。自分で使うものは、便利さよりもやっぱり好きなものです。

料金所のおっちゃんに「どうもー」と言って窓を閉めながら走り出すことももう無いのかなあと思うと、なんか物足りない気もしますが、こっちは便利な方が良さそうです(安くなるし)



ルノー・カングー 1.6。2003年から15年間乗ってきた相棒です。走行距離は158000㎞。見た目はだいぶヤレてきましたが調子よく走ってくれていて、20万キロオーバーが目標だったのですが、思わぬ出会いがあって乗り換えることにしました。

最長10’2”まで中に入るし、ミッドレングスならかなりの本数が積めます。サーフショップのお仕事でも、写真のようにルーフキャリアを使うことはほとんど無かったくらい、たくさん積み込むことができました。

大きなハッチバックのドアは、雨の日の着替えの強い味方だったし、日除けや海で弁当食べるときのトンビ除けの強い味方でもありました。燃費も悪くないし(街乗りで10~11キロ/ℓ)、波乗り車としては言うこと無しでした。

もともと、気に入ったものは、古くなっても大事に使い続ける性格なので、本当にまだまだ乗るつもりだったんです。

でも出会ってしまいました。

年式は2年新しいだけの2005年ですが、走行距離は50.000㎞で、年数は経っていますが車体も内装もきれいな同じカングー 1.6。1日だけ悩んで、乗り換えることにいたしました。

新しい相棒は、グリーンです。


車体はきれいだとは言っても、古いのには変わりありませんから、走行距離が短くても経年による劣化が進むところを点検&整備してもらって、一昨日無事に納車となりました。



同じ型式ですが、細かいところは違っています。一番の違いはバックドアです。カングー1.6のハッチバックは、2003年に少しだけ入ってきただけで、ほとんどが観音開きのダブルバックドアです。

ハッチバックの方が何かと便利ではあるのですが、無いものは仕方がありません。無い物ねだりというものです。

内装は同じで、外装の鉄板そのままむきだしと樹脂の組み合わせ。メーターパネルも全く同じ、ルノー特有のもっちり気持ちがいいシートもそのまま(腰に優しいのです)。ヘッドレストの形が微妙に違っているくらいかな。

ぜんぜん軽くないパワステも同じ感じで、運転している分には内装の鉄板の色が違うことに目が行かなければ、車が変ったという感じはありません。ミッションのクセがちょっと違うかな?これは学習機能があるので、私のクセを覚えてだんだん最初のカングーと同じ感じになってくると思います。

長年乗っていたので、やっぱりちょっと寂しいですが、これからはこのグリーンのカングーが代わって活躍してくれることと思います。


という訳で、イエローのハッチバックがかなりレアなカングー、ここで販売される予定です。港北の都筑インターのすぐ近くにある、モストロコルサという欧州車専門の整備工場で、このタイプのカングーの整備には定評があります。私はずっとここにお願いしていました。販売できるようになったら「ブログ」にアップしますと言っていたので、気になる方はチェックしておいてください。

2014年に124.000㎞でタイミングベルトを交換してます。昨年の夏にエアコンを全部交換しているので良く冷えます(まだまだ乗る気まんまんだったのがお分かりいただけると思います)車検は今年の12月まで。まめに整備とパーツ交換していましたので、まだまだ走ってくれると思います。差し当って必要なのは、タイヤ交換くらいなはずです。

カングー、こんな車です(昨年のブログです)









先日、テレビをつけたままストレッチをやっていたら、映画「海街diary」が始まりました。NHKのBSです。尻の横を伸ばしながらそのまま見ていたら、見た人には分かると思いますが、長澤まさみさんの足のアップから映画が始まりました。

最初に見たときにも、大胆な始まり方だよなあと思いましたが、カメラはそのままアタマの方へ。そのまま女優さんが寝ている枕元までカメラが動いていったら、見覚えのあるものがテレビの画面に映し出されました。

この方です。


以前、映画できましたよと言われて見たときには、後ろにあるグリーンのデイジー・シェーンの版画が写っていたのには気が付いたのですが、ちゃんと見ていなかったみたいです。

女優さんの彼氏がサーファーだという設定ということで、それっぽいものを貸してくださいという依頼で、若いサーファーの独り暮らしの部屋には渋すぎるよなあと思われるようなモノをいくつかお貸ししました。

映像に出て来たのは、上の二つだけだったみたいですが、部屋全体は写らないところも全部作ったそうです。

グリーンの版画は、アンドリュー・キッドマンにもらったもので、今年のAXXE CLASSICの春夏のカタログにファミリーで登場している、デイジー・シェーンがGLASS LOVEに登場したときの映像を版画にしたものです。DVDのジャケットにもなってます。

すっとぼけた人形は、カリフォルニアのフリーマーケットで箱入りでいくつか購入したものの最後のひとつです。

気がついている方は気が付いているかもしれませんが、ショップのショーケースの中にいつもいます。最後のひとつなので売り物ではありません。私のです 笑。

すっとぼけた顔していますが、長澤まさみさんのベッドシーン(寝てただけですが)の枕元で、やっぱりすっとぼけた顔してた奴です。

もしかしたら、女優さんが手に取って「何これカワイイ」なんて、指で弾いてスプリングでつながったアタマをボヨヨーンと揺らしたかもしれません。絶対やったと思います。すっとぼけつつ、女優さんに可愛がってもらったに違いありません。

…と、勝手に思い込みつつ大事にしてやろうと思います。

うらやましい 笑。

「海街diary」日本の映画らしい、いい映画だと思います(登場するのは見覚えのある風景ばかりだし)
日本の映画、いい映画たくさんあるんです。古いものから掘り起こしていってみると面白いですよ。

これTHE BANDのカバーですが、いい感じです。
先日のお休みの日。久しぶりに映画でもと思い、録画していた小津安二郎監督の「晩春」という映画を観ました。1949年(昭和24年)、私が生まれる15年前の作品です。

その中で、鎌倉に住んでいるという設定の原節子さんが、134号を茅ヶ崎までサイクリングにでかけるというシーンがありました。

後ろに見えているのは江の島。おそらく鵠沼~辻堂あたり。


134号です。見事に何もありません。


看板に注目。制限スピード、35MPHです。

35MPH。つまり時速約56キロメートル。マイル表示なのは、この当時はまだ米国による占領下で日本が主権を回復しておらず、また、米軍の演習場が辻堂~茅ヶ崎にあったからではないかと思われます。まだオキュパイドジャパンです。

原節子さん、きれいです 笑。


沖に岩礁が見えます。調べてみましたが、このあたりで海の中に岩場があるのは烏帽子岩と茅ヶ崎漁港だけのようですから、おそらく漁港が出来る前の後者の場所だと思われます。


COKA COLAの看板が。見にくいですが、下の矢印サインには「HIRATSUKA BEACH」と書いてあります。後ろに江の島が見えています。


1949年というと、まだサーフボードはウッドの時代。ボブ・シモンズのデュアルフィンから、マリブ・チップなどの今のサーフボードの原型に近いボードが作られ始めた時代です。

アメリカからウッドボード持ってきて、ここでサーフィンやったアメリカ人、絶対いたんだろうと思います。


新しいロングボードのアイデアのヒントを探すには少々さかのぼりすぎですが、貴重な映像です。想像の翼広がりますね。

私が参考にしようとしているボードデザインは、あと15年ほど後の時代。フィンはこんな感じがいいかなあと思っております。







GW










連休楽しんでますか? 今日から営業しております。






2017年3月11日、あの震災から6年が経ちます。自分の周りで、そして東北の被災地であのとき何があったのかを改めて思い出しています。

大きな地震の揺れが最初にあり、津波、原発事故、物資の買い占め、デマ、余震、計画停電、世の中が大きく動きました。

被災地が復興へ向けて進む一方、原発事故が原因で自宅へと戻ることができず、現在も12万人もの人たちが避難生活を送られているそうです。

放射性物質という人間の手には負えないもののため、原発が関連した被災への対応にはとても長い時間がかかってしまうと思います。信じられないのは、そうやって福島から避難してきた人たちへのいじめがかなりの件数で存在しているという報道です。

そうした報道を耳にするたびに思うのは自分自身のことです。

私は第二次大戦中に長崎に投下された原子爆弾の被爆二世です。私の生母は爆心地から1.8キロの地点で被爆しました。14歳でした。

被爆後には、放射線の影響で髪の毛は抜け落ち、身体には紫色の斑点が現れ、強度の貧血で起き上がることもできなかったそうです。祖母は母の死を覚悟していたと言います。

20歳近くまで貧血に悩まされていたそうですが、姉を出産したあたりから元気を取り戻し、その13年後に私が生まれました。

自分の肉体的なことに関して言えば、被爆二世であるということを自覚するようなことは、52年間まったく起こっていません。現在でも、年齢以上に元気だと思います。母も兄妹も皆元気です。

けれども、自分が被爆二世だという意識は常に持っています。それは、放射能という目に見えず感じることもできない、厄介なものが原因になっているせいだと思います。


だからだと思います。原発避難者へのそういったニュースを聞いたり読んだりすると、胸がぎゅっと締め付けられる思いがするのです。

そして、こういう言葉がアタマの中に浮かんできます。母は死ななかった、自分も兄妹も(孫も)元気だ、何も問題は無いから原発事故で避難した人をいじめたりするんじゃねえ…と。

私にはもう理屈でも感情でもないのです。理屈と感情を超えたものになっているのです。物心ついてから現在まで、「被爆」ということに対してずっと抱えているものがあるからです。

原発に関する報道を読み聞きしていて、「放射能がうつる」などという言葉(うつりはしないことは絶対に理解しているくせに)そういう言葉を口にする無神経さに腹が立ちます。

母は被爆したくてしたわけじゃないのです。福島の人たちも同じです。避難したくてしてるわけじゃないのです。自分がその立場になったら、と想像できないのかと思います。それが思いやりです。



3月11日は祈る日です。震災で亡くなられた方、そしてこれからの復興、それらに関わっているたくさんの人のことを思ってお祈りしたいと思います。

PRAY FOR 東北、PRAY FOR 日本。





海から戻る途中、クルマがトラブルを起こしてしまって、店を開けられませんでした。ご来店いただいた方、申し訳ありませんでした。今、やっとひと段落つきました。

明日は平常通り営業いたします。


ご存じだとは思いますが、私はルノーのカングーというクルマに乗っています。フランスのクルマです。サーフショップを始めてまだ3年めの2003年、フルゴネットタイプのクルマを探して出会ったのがこのカングーでした。


私はクルマに関しては、大したこだわりは持っていません。見た目がそれなりに良く、ボードが積めて、よく走ってくれればそれでOKというタイプです。洗車もあんまりしません。

それでも、ちょっと面白い形のクルマだと喜んで乗り始めて、はや15年。走行距離は147.000㎞台ですが、変わらず快調に走ってくれています。

長く乗っていると愛着がわいてくるのは当前のことですが、15年のあいだに新しいモデルがいくつも発売され、自分が乗っている年式のモデルがすっかり旧式になってしまった今、さらに愛着が深くなってきました。

私のカングーの旧式のハッチバックドアは2003年以降は輸入されていないので、同じ形でもハッチバックをみかけるのはかなり珍しいことです。

インテリアはそれ以降のモデルとは違って、鉄板むき出しのトラック仕様 笑。乗用車に普通についている、ハンドルの位置の調整機能もありません。ヒトがクルマに合わせてます。

そんな旧式のカングーですが、こいつもう古いなあと思ったら、すっかり愛おしくなってしまいました 笑。

いろいろ頑張ってくれているのです。

結構な本数のボードが積めます。

10フィートのオンフィンノーズライダーもすっぽりです。はみだしているように見えますが、上の状態でもバックドアのガラス部分は後ろへ膨らんでいるので、問題なく閉まります。

荷室の床は樹脂むき出しのトラックの荷台状態なので、掃除も楽ちん。内装も鉄板むきだしです。トルクがあるので、重いものを積んでもグングン走ります。



いままで洗車も満足にしてあげずに、汚れたら汚れっぱなしでしたが、これからは古くなった分、キレイにしてあげようと思っています。



まだまだ走って頂戴、カングーさん。


おしまい。


お知らせ:明日、1月7日(土)は都合により、午後2時のオープンになります。よろしくお願いいたします。

昨日は定休日でした。いつもならリペア工場、シェイプルームがルーティーンなのですが、まだお正月でみなさんお休み。なので私も一日のんびり。久しぶりに映画館へ映画を観に行ってきました。

観たのは「この世界の片隅に」というアニメ映画です。制作資金をクラウドファウンディングで集め作られた映画で、SNSの口コミで広がり評判を呼んでいる作品です。近所の小さな映画館で、年明けから上映され始めたので、たまには映画でもと、出かけてみたのですが…。

いやー泣きました 笑。となりに座っていたおばちゃんなんて、ずーっと泣いてましたから。

太平洋戦争前後の時代の広島と呉が舞台で、戦争がテーマの映画と言っていいと思うのですが、悲しくて出てくる涙じゃなくて、爽やかな気持ちに気が付かないうちに涙が溜まっているという不思議な感じでした。

ネタばれしないように書きますが、女優の「のんさん」が声を務める、少々おっとりした性格で絵を描くことが好きな「すずさん」という女性が主人公で、すずさんの子供時代から、お嫁に行って戦争が終わるまでの暮らしを描いています。

すずさんは、戦時中の物資が窮乏していく中を、おっとりとしたペースでかなりボケつつ、たくましく生きていきます。呉は軍港ですから、戦争後期になってくると激しい空襲を受けます。広島には原爆が落ちます(見ている方はそれを知っていますから、ドキドキが止まらないのです)

当然のように家族や回りの人たちの中には、それに巻き込まれて死んでいく人が出てくるし、すずさん自身も右手を爆弾に吹き飛ばれてしまいます。

右手を無くし、死を悲しみ、それでも家族ととにかく生きていこうとするすずさんはあいかわらずおっとりとしています。強い調子のせりふがほとんど無いせいか、見ている方はいつのまにかすずさんの気持ちの中へと引き込まれているのかもしれません。

戦争の悲惨さが描かれているのですが、観終わったあと、なにか爽やかな風が吹いているような気持ちになる不思議な作品だと思います。

素晴らしい作品だと思います。ぜひ見てください。




TIKI 8’4”アップしました。MENEHUNE BEACH STOREホームページ ご覧ください。明日はこのTIKIのお話しにいたします。




今日はこれでしょう。


そうして広島の原爆から、71年目の日だということも忘れちゃいけません。




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