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MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
53
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳を越えてしまいましたが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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お休みありがとうございました。9月11日、12日と一泊で広島へ行ってきました。久しぶりの新幹線。山陽新幹線は開通した年(1975年)に乗ったきりです。いまだ当時のイメージをひきずっている私は、広島まで3時間40分ちょっとと聞いてびっくり。それでもリニアいるんでしょうか?十分速いと思うんですが。

そんな訳で昼前には広島駅に到着。そのまま世界遺産の厳島神社へ向かいます。宮島です。当たり前ですが、道の名前は宮島街道、駅も宮島口、焼き物は宮島焼き、その他いたるところに宮島の文字に、人々の口からも「みやじま」の声が聞こえてきてなんとなく落ち着きません。

でも初めてみるこの鳥居に感動。ちょうど大潮の干潮で、鳥居まで歩いていけます。


潮が引いていると普通の神社ですが…


潮が満ちてくると、景観が一変します。

満潮のときも見たくて、翌日の朝にもういちど行ってみました。回廊の板張りのすき間から海面が見えます。


鳥居は海の真ん中。


社殿も海の上。


潮の時間はみなさんお手のものだと思いますが、宮島観光には潮位が大事です。

神社の後ろには弥山(みせん)という標高500メートルちょっとの山がそびえています。お宮の森として古来から手付かずの森が残っていて動植物にはこの島の固有種がいるそうです。

時間がたっぷりあればゆっくり歩いて登ってみたいですが、今回はロープウェーで。鳥居が小さく見えてます。



私の瀬戸内海のイメージはこんな感じ。いろいろな島に行ってみたいです。



そして広島のもうひとつの世界遺産。

原爆ドームです。実際に見るのは初めてです。なんでもそうですが、写真で見たり話に聞いたりするのと実際に見るのは違います。しばらく声が出ませんでした。


被爆前の写真。後ろのベージュのビルのあたりが爆心地です。


原爆資料館。修学旅行の中学生たちがたくさん。ここで体験したことを基にして、もっと学んでくれたらと願います。学ぶべきことはとてもたくさんあります。学ぶことは受験のためだけじゃないのです。



限られた時間を忙しく動き回っていますが、もちろん食べるものにも手は抜きません。

これは、あなごめし。

宮島口の「うえの」というお店の弁当。店で食べるのは一時間待ちということで、時間がもったいないのですぐに買えるお弁当にしました。

弁当買って宮島に渡って、海を見ながら食べましょうと楽しみにしていたら、おもわぬ落とし穴が…。

こいつらです。

弁当食べていると、わたしもあなごが食べたいの~と寄ってきます。

鹿の攻撃はなんとかかわして無事食べ終わりましたが、あちこちで観光客が襲われていました。宮島に行く方は弁当食われないよう、ご注意ください。まあ基本的にはかわいいんですけどね、鹿。

夜は天ぷら。

これ、ホルモンの天ぷらです。センマイ、ガツ、ギャラなど柔らかくゆがいたか、揚げたかで脂が抜けたものを天ぷらにしています。

うまいです。

これはつきだし。しょうゆで甘辛く煮付けたようなホルモン。これもおいしい。


瀬戸内海が目の前ですから、こういう店でも刺身はうまかったです。刺身のしょうゆが甘みがある刺身しょうゆだったのでびっくり。広島もそうなんですね~(ちなみに私の実家の長崎にも同じようなしょうゆがあります)

〆はホルモン汁。脂はほぼ無し。おもいつきで白飯をもらって、入れて食べたら最高でした。


「たかま」という店です。ここは、また行きたいなあ~。

それからお約束~。

広島のお好み焼きは、子供のころによく食べていたお好み焼きとは違いますが、旨いもんです。

もっといろんなもの食べたかったのですが、今回は一泊なのでこれだけ。帰りの新幹線には弁当を買って乗り込みました。


広島のむすびのむさしという店の、見た目地味な弁当ですが…。

これ美味しい。おむすびのむすび具合は絶妙だし、地味目のおかずも丁寧に作られていて、こういう素朴な味大好きです。

むすびのむさしのおかげで、帰りの新幹線も幸せでした。

土産はホルモン。せんじがらです。

せんじがらはホルモンを低温の油で揚げたもの(ホルモンの脂と水分が抜けるんだと思います)です。そのまま食べても美味しいのですが、今夜はこれで何作ろうか楽しみです。



広島、また行きます!






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海辺へ行けば日本中で見られる景色ですが、どこか懐かしい。漁港の風景は自分にとっての原風景です。美味しい魚が食べたくなって、またまた行ってきました真鶴へ。

いつも行くお店はここ。丸入水産という料理屋です。


たたみにちゃぶ台。海風が抜けていくので暑いけれども気持ちがいいです。こういうところで魚を食べるのはとても夏らしくて、子供のころを思い出したりします。


台風の後だからちょっと魚少ないよ、と言いつつ最初に出てきたのはキントキ。


盛り付けは適当。市場にはあまり出回らない地元の網にかかった魚をただおろして皮をはいで切って食べるのがとても普通な感じで大好きです。

続いて舟で、ヒラメにイシダイ。


そして舟がもう一艘。ワカシに小さなイサキ。


そして地ダコにサザエ。


タコとサザエをコリコリ食べていたら、最後の皿。カマスにちょっと赤いのはメジナか?それから白っぽく脂が乗ったのはたぶんヒラマサ。皿が置ききれないのでタコとサザエは引っ越しました。


これで刺身定食二人前。台風の後で…と言うだけにいつもよりちょっと少なめのような気もしましたが、腹いっぱい魚堪能しました。

来週はお祭りだそうです。舟を飾りつけていました。


年季が入った櫂が素敵です。この舟乗ってみたいなあ。


子供たちは夏休み始まったばかり。


お休みありがとうございました。




仕事場の足元に放置されたホコリだらけのCD-RをDVDドライブに入れてみたら、ギコギコと音を立てながらたくさんのフォルダが表示されました。

開いてみればハワイの古い写真。ハワイといっても皆さんが大好きなオアフ島じゃありません。ビッグアイランド、ハワイ島です。

ハワイ島と言えば…

ワイキキと違って真昼間でも誰も歩いていない寂しいヒロの街。ショッピングが楽しめるのは日用品と食料くらい。

雨ばっかりです。

見渡す限り、真っ黒で殺風景な溶岩大地。


古くさいハワイアンフード。

カルアピッグ、アヒポキ、オピヒ、紫芋、ポイに飲み物はカヴァ。

アメリカでも最大級の牧場があるので肉がたくさん。日本で売ってるUSビーフとは大違いで、柔らかくて肉の味が濃い赤みの肉が激安。


海はワイルド。


ヘヴィーなローカル登場。

…と思っていたらこの人、ものすごい笑顔で超フレンドリーだったりして…。

波に気をとられていると椰子の実にアタマをかち割られる危険な島。


一晩中、大きな波が地響きを立てて崩れるので眠れやしません。



以下は最初にハワイ島を旅行したときに書いた旅行記の一部です。最初の良くなかった印象が、いつのまにか良くなっていくところです。


ハワイ島

気がつくといつのまにか飛行機の窓からは陸地が見えている。視界に飛び込んできたのは「黒」。木々の緑でもなく、ハワイ特有の赤い土でもなく黒々とした大地がただ広がっている。南国のリゾートの象徴である椰子の木と白い砂浜も乏しい海岸線。植物は黒い大地に乾いて枯れかけたような色でまだら模様を力なく描き、残りは圧倒的な「黒」だ。ハワイ島、通称ビッグアイランドの第一印象は寒々しく荒涼としたイメージから始まった。

空港の廻りは一面の溶岩平原。膨れ上がり裂けた地面がさらに盛り上がり、黒い岩盤が幾重にも重なり合って、かつてここで繰り広げられたであろう自然の営みの凄まじさを容易に想像できる大地が見渡す限り広がっている。そしてそのはるか向こうには、真っ青な海が広がっている。他に何もなく、いやが上にも強調される青い海は、私たち海で遊ぶサーファーならだれでも一度は経験したことがある、あのよそよそしさ。人を寄せ付けない時の海の表情そのものである。圧倒的な力で自然の大きさと人間の非力さを見せ付けているときの表情をしている。

空港の施設は、すべて溶岩の上にある。あたり見回しても他に目に付く人工的な建造物は、遠くを走るハイウェイだけだ。予約しておいた車を借り出して、島の反対側に位置するヒロという街を目指して走り出す。

時速60マイル(1マイル=1.6km)にスピードを保ち数十分走るが、周りの風景は変わらない。周りに見えるのはただひたすら黒い溶岩の大地。ゆるやかな起伏の中、ハイウェイはどこまでも真っ直ぐに溶岩の中を走り続けている。 左手遠くに見える海岸線には、波乗りに適していると思われる波がいたるところでブレイクしている。そこへ向かう道はあるが、未舗装路をレンタカーで走ることは禁止されている。どちらにしてもファミリーセダンのレンタカーでは無理かもしれない。大きなタイアの4DWが必要そうだ。

海沿いの道は、そのまま島の北端へと続いているR270、私たちはコハラ・マウンテンとマウナ・ロアの間を走るHWY19をキープし、まずは牧場の街ワイメアを目指す。道は曲がりくねった登り坂になり、急に緑が豊かになってくる。ワイメアは緑豊かな美しい街だ。ここでは地元産の美味しいステーキを楽しんだ後、再びHWY19を先へと進む。今回は予定にないが時間を作ってゆっくりと見てみたい街だ。

ワイメアから先は溶岩大地に代わり、こんどは行けども行けども緑の下草が生えた牧場風景が続く。牛やヒツジ、ニワトリにブタ、ヤギなどがのんびりと草を食む中、時速60マイルで走り続けると道はやがて海に到達し、海岸沿いを走り始める。

ハマクアコーストといわれるハワイ島の北海岸である。風景はまた急激に変わり、島の東側とはまったく対照的な風景を見せ始める。強い日差しの下、緑の森の向こうにすいこまれそうな真っ青な海が広がったかと思うと、コーナーを一つ曲がっただけで薄暗い熱帯雨林の切り通しになり、空からは大粒の雨が叩きつけるように降り始める。渓谷の尾根を結ぶ高い橋を渡っていると、大粒の雨は止み、再び強烈な太陽が照りつけはじめる。色とりどりの花を付けた樹木はいっそう鮮やかな色を発散し、わずかに空けたウィンドウの隙間からは花の香りが入り込んでくる。

空港から約150kmほどの道のりであるが、変化に富んだ自然と気候は長いフライトで疲れた旅行者をも楽しませてくれる。程無くして、HILO CITY LIMITSの標識が現れ、ヒロの街に近づいたことを教えてくれる。



午後遅い時間のヒロの街は暗く沈んでいた。ホテルからダウンタウンまでは、歩いて5分ほどの距離だが、すれ違う人もいない。時がくればオープンするのかどうかも判らない商店やオフィスの閉ざされたドアが続く。住人たちは気配を消してしまったかのような静けさだ。出歩くのを危ぶんでしまう雰囲気さえある。

頭の芯は重く、背中はこわばり、だんだんと足取りも重くなる。自宅を出てから、このヒロの街まで、移動した距離と時間を考えると無理もない。重く垂れ下がるような雨雲は今にも降り出しそうな気配である。

ホテルで教えてもらった住所を探し、3ブロックほど行ったところで目的地を通り越してしまったことに気がつく。思っていたよりもずっと近くだったようだ。というよりはヒロの街が小さいのだ。1ブロック戻ったところに目的の店を見つけた。長旅の疲れを癒そうと教えてもらったのは、ロミロミマッサージの店であった。

ロミロミは普通のマッサージとは違い、施術する人の祈りから始まる。リンパの流れを促進し、マナを相手に注ぎ込むというスピリチュアルなマッサージである。ロミロミ(揉みこむこと)という名称であるが、日本のマッサージのように揉みこむのとは全く違う感触だ。

ろうそくに照らされた薄暗い部屋。低く流れる音楽。時差で眠気があるが、眠りには落ちない。身体の筋肉が果てしなく弛緩し、穏やかな気持ちが広がっていくが、逆に神経は研ぎ澄まされていくようだ。途中で降り始めた雨の音や低く流れる音楽が大きく耳に感じられるようになり、時間の感覚がゆがんでくる。

「これで終わりです。ありがとう」とささやくような声がした。身支度を整えて部屋から出なければいけないのだが、身体をうまく動かすことができない。魂だけが違う世界へ行ってしまったような気分だ。なんとか起き上がりよろよろと外へ出る。私たちがロミロミの予約をしているときに、マッサージが終わった男性が呆然とした表情で出てきたが、私もそれとまったく同じ表情をしていると女房が笑う。外へでると、日が沈んだ雨後の街は急に気温が下がり、上着が必要なほどだ。

ヒロの夜は不思議だ。人気の無い街は闇にさらに深く静かに沈みこみ、熱帯植物の森が存在感を示しはじめる。これまで聞いたことのない音程とリズム、奇妙なかん高い澄んだ鳴き声がジャングルの闇の中から響きはじめる。明るい満月の光に照らされたジャングルからあふれだす濃厚な香りは、豊かな土壌の印だ。開け放たれた窓からは、奇妙な鳴き声が涼しい風とともに流れ込み、いつのまにか快適な眠りへと引き込まれて行く。

ヒロに滞在している観光客のティピカルな観光先は火山かもしれない。キラウエア火山の見物は、19世紀の時代から観光スポットの一つであった。しかしその光景を実際に目にしてしまったなら、単なる観光という言葉を使うことはためらわれるに違いない。それはそこを訪れる人、全てにとっての特別な体験である。東へむかって移動する大陸プレートに乗って作られてきたハワイ諸島のパワーの源がここに存在している。ハワイ諸島の一番新しい島であるハワイ島の西の海底では、水面下900mのところまで、新しい島が隆起しつつある。

ヒロで二泊した私たちは、再びやってきた道を引き返し、コナの街へと向かった。

途中、ヒロのすぐ北、HWY19号沿いにあるHONOLI’I BEACHというポイントをチェックしてみる。静かなビーチパークを想像していたが、ビーチへ降りる坂道の路肩にはびっしりと車が停められ、クリスマスウェイブを楽しもうというロコたちで一杯である。なんとかスペースを見つけ車を停めて波をチェックする。小さな湾にはいくつかのピークがあり、ワイドな波がブレイクしているのが見える。この日のコンディションがどういう状況なのか、ふと立ち寄ってみただけの旅行者には判らない。もしかしたら、もう少し小さいときのほうが良い波のポイントなのかもしれない。

ボードはトランクのなかに入っているし、ショーツ一枚になれば入れる状況だったが、先へと進むことにする。

カイルア・コナはコナ空港から10マイルほど南にある街だ。北側から吹いてくるトレードウィンドは、マウナ・ロアやコハラの山々を登っていくうちに湿気を吐き出し、コナに乾いた風を送りこむ。吐き出された湿気は、ヒロ地区に雨をもたらし、雨の多いヒロと乾いたリゾート、カイルア・コナのイメージを作り出している。

島の北側を横断し、ワイメアの街と牧場を抜け、コナへ向けて再び溶岩ロードを走る。緑あふれるヒロサイド、地球上のパワーポイントの一つでもあるキラウエア火山、エベレストをはるかにしのぐ容積を持つマウナ・ロアの山。この島が持っている自然の多様性はいにしえから様々な神話を作り出してきた。そう、この島は火の神ペレが支配している島なのだ。火を吐き、怒り狂うペレが作り出した大地。人間の感覚を超えたスケールの自然に触れていると、神話に登場する神々の存在が身近になる。素直に自然を畏れる気持ちにさせられてしまう。私はいつのまにか、荒涼とした溶岩の大地を美しいと感じるようになっていた。


こんな感じです。

ハワイ島の飛行場は飛行機から滑走路に直接降りました。周囲は何も無く、見渡す限り真っ黒な溶岩。まさに荒涼という言葉がぴったりでした。そして、ヒロの最初の印象は、なんて寂しい雰囲気の街だろう…です。なんだかすごいところに来ちまったなあ…と思いました。

でも面白いもので、だんだんそれが良くなってきます。

「寂しいヒロの街」が「静かで趣きがあるヒロの街」に変わり、キラウエアを見たあとでは、真っ黒な溶岩の大地が神々しく見えるようになってしまいました。

カイルア・コナは島の西側にある海辺の小さなリゾートタウンです。

カイルアから少し南へ下れば、高原の涼しい気候になり、さらに南へ下ると砂漠を思わせる暑く乾いた気候に変わります。島の南端を回った先は火山です。火口跡、活動を続けている火口。流れ出した溶岩で覆われた土地は果てしなく、気が遠くなるような広さです。

古い写真のせいで、今日は脱線。

ああ、ハワイ島行きたいなあ。

ちなみに激安USビーフ(HAWAIIANビーフか…)、かなり旨いです。








長らくお休みをいただいて、あいすいませんでした。昨日から通常通りに営業しております。世間は19号のうねりの話題でもちきりなんでしょうが、せっかく行ってきたので私の故郷の長崎をちょっとだけ紹介させてくださいまし。

私、不肖宮嶋は生まれは東京です。でも小学生に上がる直前に母の実家がある長崎へと引っ越し、小中高、予備校の13年間を日本の西の端にある長崎の街で育ちました。

鎖国時代の日本において、唯一の外へ向けて開かれた土地として中国や西洋文化の影響を受けてきた長崎は独特の文化を持っています。平地がほとんど無く、海と山が入り組んだ地勢が作り出す雰囲気も長崎の雰囲気を作り出しています。

暮らした年月は東京、神奈川の方が倍以上に長いのですが、子供時代から10代の多感な時期を過ごしてきた長崎という街は自分の感性に多いに影響しておりまた、帰るべき故郷として自分の中に存在しています。

今回の帰省は、長崎のお祭りに日程を合わせました。昨年はお盆の精霊流しでしたが、今年は長崎の氏神さまである諏訪神社。お諏訪さんの例大祭、長崎くんちです。

七年に一度、奉納の出し物の順番が各町に回ってきます。出し物をする町を踊町(おどりちょう)と呼びます。例えば「五島町」の出し物は「龍踊り」という具合に決まっていて、七年に一度なので今年見たら次に見られるのは七年後、ということになります。

市内を庭先回りする姿を見ることもできますが、メイン会場は諏訪神社。長崎の人は親しみをこめて、お諏訪さんと呼びます。


境内には見物の桟敷が組まれ、踊町はここで神前に出し物を奉納します。

演技をしているのは、銀屋町の鯱太鼓。掛け声とともに神輿を空中に放り投げる豪快な神輿です。長崎の人は放り投げるか、くるくると回すと大喜びします。

面白いのは演技を終えて戻ろうとする出し物に対して、観客がアンコールを要求するところ。

神輿や曳き物(船など)に対しては「モッテコーイ!」。舞踊りに対しては「ショモーヤレ!」と叫びまくって、もっとやってくれと要求します。

こんな風に両手で招くような手振りをしながら叫びます。この真っ白な頭のおじいちゃんと紫のハッピのおばあちゃんはとても熱烈でした。

なので舞台と客席に一体感が生まれてきます。見ているだけじゃなくて、自分も参加している気持ちになれるのがくんちの魅力なのだと思います(みんな手ぬぐいでほっかむりしているのは、神前なので脱帽、日傘を使ってもだめなせいです)

30数年ぶりに見たくんちでしたが、興奮しまくりでした。朝の8時半から12時過ぎまで、かぶりつき状態でしたから 笑。

本当に素晴らしかったです。感動しました。

そして、素晴らしい演技に対しては「ヨイヤー!」。ブラボーと同じような意味の掛け声です。

全ての奉納演技が終わった最終日には、三つの神輿に乗って神様が戻ってきます。お諏訪さんの参道の階段を駆け上る「お上り」(おのぼり)という行事です。(始まりのときには駆け下りる「お下り」です)


興味がある方は、YOU TUBEなどで映像を検索してみてください。長崎くんちでたくさん出てきます。長崎独特のお囃子「しゃぎり」と銅鑼や中国ラッパの音を聞くと血が騒ぐのは、自分が長崎育ちの証拠です。

フェイスブックもありました。

来年も必ず見に行きます!! 笑。

くんちが終わって、静かになったお諏訪さんを離れ、懐かしい風景をもとめて歩いてみました。とにかく坂と階段ばかりです。


坂を下りていくと川が流れています。子供の頃、この川の川原でよーく遊びました。中島川という川ですが、古い石造りの橋がいくつもかけられています。江戸時代の人たちも同じ石橋を渡ったに違いありません。


すっかり古くなった手すりも石造りです。子供の頃と変わりません。


川をたどって長崎の中心街に行くと、くんちはまだ続いていました。龍おどりです。庭先まわりといって、花代をもらったところにお礼をして回っています。こんなのがにょろっと来てくれたら嬉しいでしょうね。


この日の気温は30度。朝晩は肌寒いですが陽が出ると真夏の暑さ。海へ行きたくなりました。乾いているので日陰は快適ですが、この季節のこの気候もなんだか懐かしく郷愁を誘うものでした。

長崎は戦争の歴史も深いものがあります。写真は浦上天主堂。手前に見える遺構は原子爆弾で、天主堂の上の部分が吹き飛ばされてきたものをそのまま残しています。

このへんは高校生の頃に女の子とふたりでドキドキしながら歩いていたところでもあります。季節もちょうど同じだったのですっかりその頃のことを思い出してしまいました。若かりしころの甘酸っぱい思い出です 笑。

タイトルの「ずっきゃんきゃん」。言葉は知っていましたがその意味を今回初めて知りました。

ずっきゃんきゃん、長崎弁で「肩車」のことだそうです。猿ずっきゃんきゃん…思わず吹き出しましたよ。

路面電車、長崎弁、その他もろもろ含めて、長崎ってなんかカワイイです。

さーて、これで私の休暇は終わり。今日は葉山で大波コンテストが開催予定でしたが、コンディションが開催に見合ったものにならなかったようで、フリーセッション&延期になったようです。

諸先輩方にここの波のことは聞いていましたが見たのは初めて。すごいです。
http://www.colors-magazine.com/?p=144295

これは開催されたらぜひ見てみたいです。


お休みをいただいて、海と山へ遊びに行ってきました。海は真鶴半島。吉浜の東側に突き出している半島です。

半島の先端はこんな岩場になっていて、一番先には三つ石と呼ばれる大きな岩があります(二つしか見えませんが三つあります)相模湾の西の端がここです。


見えるかな?と思いましたが、吉浜は見渡せませんでした。台風14号が残した東うねりが岩場の東側に打ち寄せていました。風も無くて、吉浜、波良かったんじゃないですか。

引きにかけての時間だったので岩場を歩いて先端まで行ってみようかと思いましたが、岩についた海草で滑って危険なのであきらめ。カニと遊んでいました。


真鶴でもうひとつ楽しみにしていたのは森です。江戸時代から明治にかけて、海の資源を豊かにしようと植林された樹齢200年から400年の木々が残っている魚つき林と呼ばれている森です。

行きのバスの中からでも分かりましたが、樹木の大きさが違います。長い年月を経て育ってきた木々が作る森の中は特別な雰囲気です。


木々のパワーを感じます。以前、誰かがラジオかテレビで真鶴半島の森はパワースポットだと言っていましたが、その通りだと思いました。

半島自体がそれほど大きくないので、ゆっくり歩いて20分もあれば反対側へ出てしまいますが、自然はかなり濃密です。

森が豊かなところは海の幸が豊かです。刺身定食です 笑。

店のすぐ隣にある魚市場に、この日の朝に300本あがったという生マグロ(おばあちゃんが自慢気に見せてくれました)、ワカシ、マツバダイ、ウルメイワシ、イサキ、イカなどなど。いわゆる高級魚というやつじゃありませんが、獲れたての地の魚ほど美味しいものはありません。

海は森が育てるということをしっかり実感したら今度は、真鶴から小田原へ戻って箱根登山電車に乗って、山へ。

何度も来ている箱根ですが、不思議とまた行きたくなるところなんて宣伝のコピーみたいですが、そのとおりです。たまに妙に行きたくなるところです。

景色と山の空気を楽しみながら、スウィッチバック式の登山列車、ケーブルカー、ロープウェイ、バスにのんびり揺られて宿に着いて、ひとっ風呂浴びるともうあたりは真っ暗。

翌朝。秋晴れの澄んだ山の空気は最高です。




朝日にススキの穂が輝いていました。冷たい空気の中にキンモクセイの香りが漂って、山の季節は少し先に進んでいます。


山でもやっぱり魚が美味しい。昨日はソルトウォーターフィッシュで、今日はフレッシュウォーターフィッシュ。自然に感謝。

ワカサギのフライにテンプラ。


大好物のヒメマスのフライ。


食べ過ぎました。

帰りに時間があったので、北条氏の小田原城の天守閣に登ってみました。長い歴史があって歴史好きには、いろいろな物語が思い浮かぶ城です。

天守閣からは今降りてきた箱根の峻険な山々が見えています。


少し左手に目を移すと、真鶴半島がきれいに見えています。


写真にはありませんが、上の写真の左手、遠くに三浦半島が見えていました。私が遊ばせてもらっている相模湾は、真鶴半島と三浦半島を結んだ内側の海のことをそう呼んでいます。

ネットのGPV予想の地図で見ると、いかにもうねりが入りにくそうな相模湾ですが、天守閣から実際に見渡すと、あ~広いなあ~という声が思わず出てしまいました。むしょうに波乗りしたくなりました。

いいお休みでした。


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