MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
54
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳もなかばに近づきつつありますが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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映画「JAPANESE BREAK」観てきました。上映時間の関係で、全四部作の構成のうちの二つのパートの上映でした。

日本の波乗りの黎明期に、何も無いところからサーフィンを作ってきた人たちの物語と、ハワイでデューク・カハナモクの時代のホローボードを作っていた、日系人の船大工とサーファーの話です。

サーフィンが生まれたハワイで、サーフボードがアライアのようなソリッドボードから、中空のホローボードへと進化した背景に日本人の存在があったということはこれまで知られていなかった事実で、とても興味深い話でした。

日系の船大工が作ったサーフボードにワイキキのビーチボーイが乗り、その一人であるデューク・カハナモクがサーフィンのアンバサダーとして、アメリカやオーストラリアでデモンストレーションを行った結果、世界各地へサーフィンという波に乗るスポーツが広まっていったのです(大正時代のことです)。

そうやって各地に広まったサーフィンを日本にもたらしたのが、戦後の日本へやってきたアメリカ人たちです。ハワイの日系人が作ったサーフボードがカリフォルニアでフォームのボードへと進化し、日本へ持ち込まれたことでひとつの大きな輪ができあがります。

その輪がつながったところから日本のサーフィンは始まったということは、何かとても面白いことのように思います。

湘南、千葉、そして東京。それぞれ関係が無い場所で、同時発生的にサーフボードを作りはじめる人たちが登場してくるのは、そのあとの時代におけるサーフィンの広まりを象徴しているように思います。

それぞれの場所のそれぞれの人たちのあいだで、それぞれの文化が作られたものが現在につながって来ています。皆さんが乗っているサーフボードをシェイプしているのも、その当事者の中のひとりである川南活さんです(もちろん活さんも映画に登場しています)。

そう考えると、当たり前のことですが歴史というものは、つながっているんだなあとあらためて実感します。

新しいサーフボードを手に入れたときのあの感じ、思い出してみてください。私自身、これまでたくさんのサーフボードを作ってきましたが、新しいサーフボードを手にするときのあの嬉しさは、昔から全く変わりません。

皆さんもきっと同じだと思いますし、その感覚は昔から変わらないはずです。波乗りの歴史は(日本に限らず)そうやってつながってきたんだと思います。

「JAPANESE BREAK」昔の話では無く、現代、そして未来へつながる話なんだと思いました。

時間の関係で上映できなかった他の二つのパートも見たいです。




今週の土曜日は、「JAPANESE BREAK」を観に行こうと思います。場所は藤沢市民会館で、午後8時からです。

監督はテストライダーズで知られている、プロロンガーの田中トシさん。音楽やサーフィンだけでなく映像作家としても非凡なものをお持ちの方です。

お時間ある方は、ぜひ足をはこんでみてください。


22号、やばいくらいに強力な台風に発達しそうです。恐ろしいかぎりですが、湘南は土曜日くらいから変化が出るかもしれません。15日は、波乗りしてから映画ですね。
バンカー・スプレクルスと言うと、アート・ブリューワーのこの写真を思い浮かべます。ブロンドの髪。真っ赤なダウンレールの奇妙な形のシングルフィン。強烈なインパクトです。

デッキ側にはハンドルが付いていて、ニーライドしている写真もあります。

そんな写真のせいで、昔っから「何だ?」と思っていたこのサーファーが、77年に27歳でOVERDOSEで亡くなるまでの生涯を描いた映画作品が「BUNKER77」です。

ちょっと前に、蔦屋書店で上映会がありましたが、アマゾンプライムで公開されているので会員なら無料で見ることができます。

砂糖王の家系に生まれ、莫大な遺産を相続する前にはノースショアを見下ろす丘の洞窟に住んで波乗りをしていた、というのは川南活さんと同じです。優れたサーファーはきっと洞窟に住むのです。(活さんは某南の島の洞窟です。)

狩猟で仕留めた獲物と写っている写真や、毛皮を着ている写真は好きではありません。趣味の問題ですが、波乗りとかけ離れ過ぎています。

この時代、ドラッグによる変性意識で新しいものを作り出すという試みが為されていたというのは、いろいろなサーファーの話で出てくることですが、おそらくそれによって作り出されたものよりも、損失の方が大きかったのじゃないかということは想像に難くありません。

正直、好きな話ではありません。感銘を受けたり、インスピレーションをもらうようなこともありません。一緒に見ていた女房は、見終わったあと「それで、結局何した人なの?」と。

何かをしようとしていたのだと思います。大きすぎる何かです。自分でそんな経験が無いので分かりませんが、必要以上のお金(彼の場合は遺産)を得ると、求めるものもそれだけ大きくなるのかもしれません。

求めるものが、あの赤いハンドル付きのダウンレイラーの先にあるもの、そのくらいのものだったら今もサーフボードレボリューションを担ったサーファーの一人として敬意を払われながら、サーフボードをシェイプしていたのかもしれません。

形がはっきりあるものを求めて生きる方が、生き方としては分かりやすいのでしょうね。

ラスティ・ミラーのこの写真が好きです。


BUNKER 77
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B077H3WV1F

明日も朝早くなら、風は大丈夫そうです。

竹井達男氏の写真集「AUTHENTIC WAVE」が入荷しました。カリフォルニアでヴァンに寝泊まりしながら写真を撮っていると聞いていましたので、楽しみにしていた一冊です。

最初の一枚から引き込まれていました。まるで、60年代のグラニスかストナーです。

古い機材を使って、60年代と同じ方法で撮られた作品の中に写っているのはよく知られた現代のサーファーたちです。彼らがまるで60年代のマリブへタイムスリップしたような感覚に陥りつつページをめくっていました。

60年代には無かったウェットスーツを着て写真に写っているのですが、それが60年代の写真にしか見えないのはとても不思議な感覚です。

不思議な感じがするのと同時に、リバイバルから25年以上も経ってすっかり見慣れてしまっている現代のロングボードシーンが改めて新鮮に見えてきました。

60年代のサーフィンが好きな人なら、きっと同じように感じると思います。

竹井氏を始めて知ったのは、15年くらい前でしょうか。川南活さんの友人で、稲村のあるローカルシェイパーのバースデーパーティに呼ばれて行ったときです。

そこで上映された「デヴィッド・ヌイーヴァのすべて」というショートフィルム。ウディ・アレンみたいに、セリフを吹き替えてしまう手法がとても面白かったのを覚えています(VHSでもらったのまだ持っております)

そこで紹介していただいた竹井氏は、七三にきれい分けてなでつけた髪型に黒縁のメガネ、白いシャツに細身のネクタイ、細いパイプドステムのパンツといういでたちで、本人は不本意かもしれませんが、私にはもうアメリカングラフィティのテリーで嬉しくなっちゃいました。

私が高校生の頃に流行ったアイビーみたいで、いまどきこんな格好の人いるんだとかなり好感を持った覚えがありますが、あれはファッションじゃなかったんですね。こんな写真集を出してしまうなんて、筋金入りの60年代の人です。

うちでじゃなくてもいいんです。クラシック好きの人はぜひこの写真集買ってください。それがアーチストのサポートになります。

おかげで私も進むべき道に迷いが無くなりました。写真のちからです。


そろそろシェイプが始まりそうな、6’9”のシングルフィンのカラーリングの参考になるものは無いかと、シングルフィン全盛期の70年代の雑誌をぱらぱらとめくっています。

70年代前半、いろんなものが目に飛び込んできます。

これは、トランクスの特集ページに載っていたバードウェルの紹介欄。赤のサーフナイロン製の今は無くなってしまった#305です。フロントフライはベルクロかボタンとなっていますから、昔はどちらか選べたみたいです(現在はボタンフライ)

現在の#310がこのレングスですね。

OPの広告。お若いです。


キャンベル兄弟とマイク・イートンのボンザー談義。ボンザーボトムのリクツが説明されています。


なので、ビングボンザーの広告も。カービングしているのは、マルコムさん。


この当時はいろんなデザインが試されていたようで、こんなフィンも取り上げられています。

キールフィンです。ジョージ グリノウのクリスタルボイジャーの中で、ナット ヤングが調子よく滑っているのを見ることができます。一番手前のはスキップフライのロゴが入ってます。

ボンザーも同じですが、ボトムの水流をなんとかしようという試みがいろいろと見られます。サンディングマンがノイローゼになりそうなボトムです。

こういうのを見ると、トライフィン(マルチフィン)というのはやっぱり求められた結果なんだなあと思います。

こんな写真も。この当時は今よりも市民権あったように思います、ニーボード。


そのニーボードをやるときに、私が履いているフィンのメーカーの広告です。

チャーチルのマカプウフィンいいですよ。

ボードバイヤーズガイド。ボードカタログです。


こんなのが挟まっていたりします。ハワイの古道具屋で見つけて買ってきたものなので、LIBERTY HOUSEの当時の雰囲気たっぷりの広告の切り抜きも挟まってました。古雑誌ならではです。


それで何か参考になりそうなものが見つかったかと言うと、すっかりカビくさくなっただけ。自分で考えることにいたします。


今日の懐メロ。グレイトフル デッド版もかっこいい THE WEIGHT。

デッドヘッズじゃありませんが、ジェリー・ガルシアの五枚組や非売品のラジオシティのライブ盤もなぜか持ってたり、結構好きです。











「Endless Summer」はもちろん名作ですが、これも大好きな作品です。フィル・エドワーズのサーフィンをたっぷり堪能できます。


自分がサーフィンを始めるきっかけになったのはブルース・ブラウンの50、60年代のサーフフィルムでした。マイク・ヒンソンやロバート・オーガストのようなサーフィンをしたくて、ロングボードを手にしました。

それ以来ずっと波乗りに夢中です。

同じ思いの人は世界中たくさんいることと思います。ありがとう、ブルース・ブラウン!







Tin Whistles for Wooden Ears from Steve Shearer on Vimeo.



最近とても気になっています。フィンレスor極小フィン。

活さんのこのシェイプを見たせい?このシェイプがフィンレスという訳ではないのですが、あれに小さな小さなフィンをつけて乗ったら面白そうだなあ~と。速いですよ、きっと。







Mexico from UFA Films on Vimeo.


ロングボードの素敵なショートクリップです。こういう波だったら足は自然とノーズへ向かいそうです。

今使っているDフィンのログは、特にノーズライドを考えて作ったというわけではありませんが、大きなフィンのおかげかノーズへ出ても結構安定感あります。ノーズ幅もいわゆる’ノーズライダー’として作られているものよりも細めです。でも、幅広のノーズよりも細めのノーズの方が波とのフィット感が強いように感じます。コンケーブではなく(しかも)細めのノーズの感触もいいもんだと思います。

次のロングボードもDフィンで、ノーズをさらにハーフインチ狭くしています。今度のもノーズコンケーブは無しです。ノーズライダーのロッカーもそのうち乗らなくちゃいけませんが、しばらくはコンケーブ無しのフラットロッカー + Dフィンでノーズ狙いたいと思っています。


しかしこの映像のサンウドトラック、懐かしいです。2001年の名作「SHELTER」で使われていた音楽です。

2001年というと、この店を始めたばかりの二度目のフレッシュマンでした。SHELTERやアンドリュー・キッドマンのLITMUS、そして70年代の古い映像を見て現在オルタナティブなどと呼ばれているカテゴリーのボードに自分もトライしはじめた頃です。

翌年の末にはクリスのフィッシュに乗り始めてますが、活さんのボードと出会ったのもこのころ。やっぱり懐かしい 笑

SHELTERは、「MOONSHINE COSPIRACY」というところからリリースされましたが、のちにジャック・ジョンソンを世に出すきっかけになったり、ラグナビーチのサーフギャラリーで開催していた「MOONSHINE FESTIVAL」というイベントを日本へ持ってきたものが、今では毎年恒例の夏の始まりの行事のようになっている「GREEN ROOM」です。

活さんは自分のシェイプをよく、「50からの手習いです」と謙遜されますが、それまでサーファー/シェイパーとして活動されてきたのが、よりシェイプに専念しはじめたのもこの頃ということになります。

自分自身のことも含めて、今のサーフカルチャーの芽があちこちから出始めていたのがこの時代だったのかもしれません。









ポール・ウィツィグ監督の三部作、「HOT GENERATION」「EVOLUTION」「SEA OF JOY」をまとめた、PAUL WITZIG TORILOGYが入荷しました。

DVDが三枚入っています。


VHSビデオの時代から繰り返し見ている作品ですが、デジタルリマスターされて、きれいな映像で見ることができるようになって嬉しい限りです。

67年、69年、71年に制作されたこの三つの作品ですが、時代がちょうどサーフボードの変革期で、ロングボード、トランジション、ショートボード(今で言えばオルタナティブと言うんですか?)の時代をたどる映像作品となっています。三つの作品を見ることで、60年代後半から70年代にかけてのサーフィンを見ることができるので、三作でワンセットというわけです。

「HOT GENERATION」67年 75min ロングボードの最後の時代。グリノウフィンを使ったナット・ヤングがワールドチャンピオンになり、サーフボードがどんどん短くなる直前の時代です。作品の最後の方では、トランジションボードも登場しています。ロングボードの形は洗練されていて、いまのクラシックスタイルのロングボーディングに近いものがあります。私が最近気になっているDフィンではなく、レイクフィンの時代へ移行したロングボードです。

「EVOLUTION」69年 78min 活さんが米軍のベースに潜り込んでリアルタイムで見たという作品です。ボードは8フィート前後に短くなっていますが、後半へ進むにつれてさらに短くなっていくところが興味深いところです。8’4”から7’3”のプリモ(もしくはMINI GUN)へ、という感じです。今で言えばミッドレングスのサーフィンと言うところでしょうか。

「SEA OF JOY」71年 71mini ボードはショートボードへ、と言っても今のスラスターではなくシングルフィンです。テッド・スペンサーの5フィートちょっとのスタンディングスプーンにも注目です。見ていて気が付くのは、短くなったサーフボードに対応できていないサーファーがいること。ロングボードの時代のビッグネームが、ときとして「あれれ?」というサーフィンをしていたりします。ボードのデザインもさまざまで、変革の時代だったということが伝わってきます。

それぞれ面白い作品ですし、順番に見れば時代の流れを感じることができる三部作ということと、三篇を通して感じるのは、ウェイン・リンチすげーということです。

PAUL WITZIG TRILOGYはこちらからどーぞ。

もう何度も貼り付けてますが…













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