MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
47
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
脱サラサーフショップオーナーは、会社勤めの頃の方が波乗りたくさんできてたような気がしてます。でもその分、みなさんに楽しんでもらえればと日々サイトの更新、ブログ、メルマガ頑張っている毎日です。
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昨日、私が乗っていた9フィートのボンザーを乗っていただいている方のことを聞くことができました。店からボードを嬉しそうに抱えて出て行かれたその後のことは、ボードを販売している立場として非常に気になるところです。
ロングボンザー、かなり調子いいそうです。「だから言ったじゃないですかー。絶対調子いいって(笑)」と答えましたが、店の人間が言うことは大抵信じてもらえない(笑)でも、ボンザーのデザインが調子いいのは本当です。

こちらはどうでしょう?ご覧になられていたらメールでもいただけると嬉しいです。
ボンザーが生まれてきたのは1970年代。カリフォルニアのオックスナードのキャンベルブラザーズと彼らの父親によって発明されました。サーフボードのシェイプ理論が確立していく試行錯誤の時代に、現代にもそのまま通用するボードデザインが生み出されたのはまさに革新的という言葉がぴったりだと思います。
これを書いていて、2006年にマルコム・キャンベルさんが来日された際のインタビューを文字に起こしたものを持っているのを思い出したので少々長いですが、ブログの最期にそのまま掲載してみます。お時間のあるときにでも読んでみてください(雑誌などには未公開の内容です。)
ボンザーの映像はネット上にたくさんありますが、やっぱり昔の映像が雰囲気ですね。
私が思うボンザーの一番好きなところは、楽にボードがドライブしてくれるところです。サイドフィンが低くて、ベース幅があるのでトライフィンなどのサイドフィンがあるボードと比べて、ターンがルースになりすぎることが無く、ボードのスピードをロスしないようにラインを繋げていくのが容易なのです(文中でも言ってます。)
ボンザーはクリステンソンでは、CB-5とCFO(両方ともかなりイケてるボードです)カツさんのシェイプでは、ミニやホトマンゴー、プリモなどいろいろなモデルをベースにカスタムシェイプすることができます。
ボンザー持ってますか?持ってない人、乗ったことない人はぜひ!絶対面白いです。速いです。
ボードも無料で発送しちゃってます(詳しくはホームページご覧ください)。ミニ届きましたか?

ここからマルコム・キャンベル氏のインタビューです。
Q:ボンザーが生まれたエピソードと時代背景を教えて。
我々キャンベルブラザーがサーフボードをシェープし始めた1968年は、若者を中心としたヒッピーイズム等のカウンターカルチャー等が芽生え始め,サーフシーンに置いても大きな変革期に入っていた。何しろ世の中全体に『何か新しい事が始まるんだ』と言った期待感やある種革命的な精神みたいなものがサーファーやヒッピー、ミュージシャンの間に広がっていたんだ。まさにサイケデリックで刺激的な時代だったよ。
その頃は、ジミーヘンドリックスとかパッションのある音楽を良く聞いていたよ。今は、テクノロジーが発達して色んな新素材が開発されその結果、サーフボードに関しても確かにその恩恵は受けているけれどもあんなに刺激的でクリエイティブな時代はもう帰ってこないんじゃないかな。そんな時代背景と重なって一般的なプロダクツデザインにも大きな変化が見え始め、それと同調するかの様にサーフシーンにも革命と言うか大きな進化が見え始め、サーフボードのデザインも大きく変わっていったんだ。
それ以前は、ロングボードが主流だったけれどボードもだんだんと短くなり試行錯誤の末、色んなタイプのサーフボードが次々と考案されていた。そうかと思うと、それらのボードを一瞬にしてオールドファッションにしてしまいそうなユニークなアイデアのボードがビーチに登場して繰り返しテストがおこなわれていたね。
もちろん現在もシェーパーの個性が十分表現された様々なタイプのサーフボードがリリースされているけれど、当時のシェーパーは今以上にオリジナリティーに拘っていてほかの人がやっていない、新しいアイデアを求め思いつくままにシェーパー自らの創造性をサーフボードをに投影していたんだ。
僕たちキャンベルブラザーもそれまでは、7フィートのシングルフィンでサーフィンを楽しんでいたけれどそれだけでは飽き足らず、もっとラディカルに動けて今迄以上にサーフィンが楽しくなる様なサーフボードを創ろうと思いつくアイデアを全て試していたんだ。そんなある日ガレージで試行錯誤に耽っていると、かねてから飛行機やボート等のプロダクツデザインに興味を抱いていた父親が今迄にない革新的なアイデアを思いついたんだ。それがボンザーだったんだ。
早速その前代未聞のアイデアを具体化して史上はじめてボンザータイプのサーフボードを作ったんだ。これは、とてもセンセーショナルなことだったんだ。当時のサーフボードは、シングルフィンが主流だったが、ボンザーはセンターフィンの両側に掘られたコンケーヴのレール側に沿ったかたちで三角形のサイドフィンが装着された、とても風変わりなボードだったんだ。
70年代に入るとオーストラリアの影響が出始め、5.6や6フィートのシングルやツインフィンが流行り始めた。僕たちはその手のサーフボードも好きだったけれど、もっとちがった方向性を見いだそうと試行錯誤とテストを繰り返し、自分たちが創造したボンザーを進化させていったんだ。僕たちはその最高のアイデアを独占する事なく普及させようと世界中のトップシェーパーとアイデアの交換をはじめたんだ。73年になってからBING SURF BOARDSがボンザーに興味を持ったことで、僕がボトムとコンケーブをシェープしてそのノウハウを教え、彼等とお互いに出来る事をシェアーしてBing Bonzarを開発したんだ。
Q:ボンザーの特徴は?
ボンザーって言う意味は、オーストラリアのスラングでユニークとか風変わりなと言う意味なんだ。従来のサーフボードに比べてもそのデザインがとっても変わっているでしょ。初期の頃は、コンペティションボードと言うよりもリクリエーションボードとして扱われていたボンザーだけど、最近になって多くのトップラダーがハイパフォーマンスな5フィンボンザーを使い始め、サーフィンをニューレベルな段階へと引き上ることに成功したんだ。それをきっかけにボンザーの新たな魅力と言うか素晴らしさが見直され始めたんだ。
ボンザーのメインコンセプトはフィンの形状や角度、サイドフィン周辺のコンケーブを含んだボトムとテールデザインそれとアウトラインのバランスの取れた相互関係によって、通常のサーフボード以上にボトムでのエネルギーを発生させて水流の活性化をはかる事なんだ。
もっと具体的な説明をするとボンザーの場合、コンケーブとサイドフィンの角度を通常のスラスターフィンよりも広げて18度に設定する。こうする事によってターンした時にレールとフィンがしっかりと水に喰い込み、水中でサイドフィンがさらに大量の水を取り込むことになる。その取り込んだ水を整えて出来るだけ遠く迄流すことでボードにスピードと安定性が加わりハイパフォーマンスな動きに繋がる。
つまり簡単に言うと如何に水のエネルギーを逃さずに有効に使うかと言うとてもシンプルなことなんだ。言葉だと簡単だけど、サイドフィンの微妙な角度やコンケーブのあり方等、秘密が一杯なんだ。今しゃべっちゃたからもう秘密じゃなくなっちゃたな。(笑い)
たぶんみんなも経験した事があると思うけれど、スラスターはライディングしている最中にクィックになり過ぎてカットバックした時等に、水中でのエネルギーをロスしてパフォーマンスにルースさが加わってしまいその結果、ラインが途切れてスピードがダウンしてしまうことがある。
しかし、ボンザーはこうした細かなチューニングやセッティングによって、どんなポジションにいてもスピード、マニューバビリティーやスタビリティー(安定性)を失わず、サーフボードにポジティブな影響を与えストールしないでスムーズなラインをメイクする事ができるんだ。言ってみれば“ニュービークル”スペーシーな乗り物って言うところかな(笑い)
Q:ボンザーに適した波は?
ロングボード、ニーボード、ショートボードとボードのバラエティーも豊富なので基本的には、オールラウンドだね。ここに挙げたボードにしても相当に細分化されているので、それぞれのカテゴリーの中でフィンシステムを組合わせることによって波のサイズやコンディシヨンに拘らず、ビーチブレイクであろうとリーフブレイクであろうとノープロブレムだよ。いちどボンザーのテイスティーな乗り心地を知ったらハマること間違いなしだね。さっきスペーシーな乗り物だって言ったけどマジックカーペットでもあるんだ。
Q:何故トランジションボードが流行っているのか?
僕は、6.6フィートの5フィンボンザーにのっているけれど、確かに若いサーファーの間でエッグノーズやフィッシュテールにツインフィンと言ったノスタルジックな薫りがするボードが流行っているね。ボードのカラーリングも60年代や70年代のピグメントやティントの顔料を使ったシックなものやサイケデリックなものまであってその時代をリアルタイムで過ごして来た僕にとっても新鮮な感じさえする。
僕はこの現象を単なるレミニッセンスとは捉えていないんだ。むしろ様々な遍歴を経て来たサーフシーンの結果であり進化だと思っている。色んなスタイルのサーファーがいるけれど、60年代とか70年代のカルチャーに興味を抱いているニュースクールボーイズが多いのも事実だね。
今日のインタビューの冒頭にも話したけれど、僕たちが過ごして来たその時代って色々なことが起こっていてサーフシーン、サイケデリック、ヒッピー、 ミュージックシーン、アートシーンと若者を取り巻く環境全てがエキサイティングで夢があった。フッションにしてもただ流行っていただけじゃなくその背景にはしっかりした思想があってそれがカルチャーへと発展して行ったよね。それに明確なスタイルがあったのも事実。そんな時代への憧れやヴァイブレーションが彼等の求めるサムシングとシンクロしたんだと思う。
サーファーってある意味、カルチャーにたいして意識的に進んでいる所があるし、そう言うことに関して敏感な人種だよね。サーフボードだって当時のスタイルをきっちり踏襲しているけれど、ただのコピーキャットじゃなくてちゃんと進化した今風にアレンジされている。そこが面白い所なんだよ。今のムードがただのルックスライクじゃなくて当時を凌ぐカルチャーとして育ってくると、サーフシーンも今以上にハッピーでメローになるんじゃないかな。
2006.3.1
ロングボンザー、かなり調子いいそうです。「だから言ったじゃないですかー。絶対調子いいって(笑)」と答えましたが、店の人間が言うことは大抵信じてもらえない(笑)でも、ボンザーのデザインが調子いいのは本当です。
こちらはどうでしょう?ご覧になられていたらメールでもいただけると嬉しいです。
ボンザーが生まれてきたのは1970年代。カリフォルニアのオックスナードのキャンベルブラザーズと彼らの父親によって発明されました。サーフボードのシェイプ理論が確立していく試行錯誤の時代に、現代にもそのまま通用するボードデザインが生み出されたのはまさに革新的という言葉がぴったりだと思います。
これを書いていて、2006年にマルコム・キャンベルさんが来日された際のインタビューを文字に起こしたものを持っているのを思い出したので少々長いですが、ブログの最期にそのまま掲載してみます。お時間のあるときにでも読んでみてください(雑誌などには未公開の内容です。)
ボンザーの映像はネット上にたくさんありますが、やっぱり昔の映像が雰囲気ですね。
Big Silver Strand - 1973 from Campbell Brothers Surfboards on Vimeo.
私が思うボンザーの一番好きなところは、楽にボードがドライブしてくれるところです。サイドフィンが低くて、ベース幅があるのでトライフィンなどのサイドフィンがあるボードと比べて、ターンがルースになりすぎることが無く、ボードのスピードをロスしないようにラインを繋げていくのが容易なのです(文中でも言ってます。)
ボンザーはクリステンソンでは、CB-5とCFO(両方ともかなりイケてるボードです)カツさんのシェイプでは、ミニやホトマンゴー、プリモなどいろいろなモデルをベースにカスタムシェイプすることができます。
ボンザー持ってますか?持ってない人、乗ったことない人はぜひ!絶対面白いです。速いです。
ボードも無料で発送しちゃってます(詳しくはホームページご覧ください)。ミニ届きましたか?
ここからマルコム・キャンベル氏のインタビューです。
Q:ボンザーが生まれたエピソードと時代背景を教えて。
我々キャンベルブラザーがサーフボードをシェープし始めた1968年は、若者を中心としたヒッピーイズム等のカウンターカルチャー等が芽生え始め,サーフシーンに置いても大きな変革期に入っていた。何しろ世の中全体に『何か新しい事が始まるんだ』と言った期待感やある種革命的な精神みたいなものがサーファーやヒッピー、ミュージシャンの間に広がっていたんだ。まさにサイケデリックで刺激的な時代だったよ。
その頃は、ジミーヘンドリックスとかパッションのある音楽を良く聞いていたよ。今は、テクノロジーが発達して色んな新素材が開発されその結果、サーフボードに関しても確かにその恩恵は受けているけれどもあんなに刺激的でクリエイティブな時代はもう帰ってこないんじゃないかな。そんな時代背景と重なって一般的なプロダクツデザインにも大きな変化が見え始め、それと同調するかの様にサーフシーンにも革命と言うか大きな進化が見え始め、サーフボードのデザインも大きく変わっていったんだ。
それ以前は、ロングボードが主流だったけれどボードもだんだんと短くなり試行錯誤の末、色んなタイプのサーフボードが次々と考案されていた。そうかと思うと、それらのボードを一瞬にしてオールドファッションにしてしまいそうなユニークなアイデアのボードがビーチに登場して繰り返しテストがおこなわれていたね。
もちろん現在もシェーパーの個性が十分表現された様々なタイプのサーフボードがリリースされているけれど、当時のシェーパーは今以上にオリジナリティーに拘っていてほかの人がやっていない、新しいアイデアを求め思いつくままにシェーパー自らの創造性をサーフボードをに投影していたんだ。
僕たちキャンベルブラザーもそれまでは、7フィートのシングルフィンでサーフィンを楽しんでいたけれどそれだけでは飽き足らず、もっとラディカルに動けて今迄以上にサーフィンが楽しくなる様なサーフボードを創ろうと思いつくアイデアを全て試していたんだ。そんなある日ガレージで試行錯誤に耽っていると、かねてから飛行機やボート等のプロダクツデザインに興味を抱いていた父親が今迄にない革新的なアイデアを思いついたんだ。それがボンザーだったんだ。
早速その前代未聞のアイデアを具体化して史上はじめてボンザータイプのサーフボードを作ったんだ。これは、とてもセンセーショナルなことだったんだ。当時のサーフボードは、シングルフィンが主流だったが、ボンザーはセンターフィンの両側に掘られたコンケーヴのレール側に沿ったかたちで三角形のサイドフィンが装着された、とても風変わりなボードだったんだ。
70年代に入るとオーストラリアの影響が出始め、5.6や6フィートのシングルやツインフィンが流行り始めた。僕たちはその手のサーフボードも好きだったけれど、もっとちがった方向性を見いだそうと試行錯誤とテストを繰り返し、自分たちが創造したボンザーを進化させていったんだ。僕たちはその最高のアイデアを独占する事なく普及させようと世界中のトップシェーパーとアイデアの交換をはじめたんだ。73年になってからBING SURF BOARDSがボンザーに興味を持ったことで、僕がボトムとコンケーブをシェープしてそのノウハウを教え、彼等とお互いに出来る事をシェアーしてBing Bonzarを開発したんだ。
Q:ボンザーの特徴は?
ボンザーって言う意味は、オーストラリアのスラングでユニークとか風変わりなと言う意味なんだ。従来のサーフボードに比べてもそのデザインがとっても変わっているでしょ。初期の頃は、コンペティションボードと言うよりもリクリエーションボードとして扱われていたボンザーだけど、最近になって多くのトップラダーがハイパフォーマンスな5フィンボンザーを使い始め、サーフィンをニューレベルな段階へと引き上ることに成功したんだ。それをきっかけにボンザーの新たな魅力と言うか素晴らしさが見直され始めたんだ。
ボンザーのメインコンセプトはフィンの形状や角度、サイドフィン周辺のコンケーブを含んだボトムとテールデザインそれとアウトラインのバランスの取れた相互関係によって、通常のサーフボード以上にボトムでのエネルギーを発生させて水流の活性化をはかる事なんだ。
もっと具体的な説明をするとボンザーの場合、コンケーブとサイドフィンの角度を通常のスラスターフィンよりも広げて18度に設定する。こうする事によってターンした時にレールとフィンがしっかりと水に喰い込み、水中でサイドフィンがさらに大量の水を取り込むことになる。その取り込んだ水を整えて出来るだけ遠く迄流すことでボードにスピードと安定性が加わりハイパフォーマンスな動きに繋がる。
つまり簡単に言うと如何に水のエネルギーを逃さずに有効に使うかと言うとてもシンプルなことなんだ。言葉だと簡単だけど、サイドフィンの微妙な角度やコンケーブのあり方等、秘密が一杯なんだ。今しゃべっちゃたからもう秘密じゃなくなっちゃたな。(笑い)
たぶんみんなも経験した事があると思うけれど、スラスターはライディングしている最中にクィックになり過ぎてカットバックした時等に、水中でのエネルギーをロスしてパフォーマンスにルースさが加わってしまいその結果、ラインが途切れてスピードがダウンしてしまうことがある。
しかし、ボンザーはこうした細かなチューニングやセッティングによって、どんなポジションにいてもスピード、マニューバビリティーやスタビリティー(安定性)を失わず、サーフボードにポジティブな影響を与えストールしないでスムーズなラインをメイクする事ができるんだ。言ってみれば“ニュービークル”スペーシーな乗り物って言うところかな(笑い)
Q:ボンザーに適した波は?
ロングボード、ニーボード、ショートボードとボードのバラエティーも豊富なので基本的には、オールラウンドだね。ここに挙げたボードにしても相当に細分化されているので、それぞれのカテゴリーの中でフィンシステムを組合わせることによって波のサイズやコンディシヨンに拘らず、ビーチブレイクであろうとリーフブレイクであろうとノープロブレムだよ。いちどボンザーのテイスティーな乗り心地を知ったらハマること間違いなしだね。さっきスペーシーな乗り物だって言ったけどマジックカーペットでもあるんだ。
Q:何故トランジションボードが流行っているのか?
僕は、6.6フィートの5フィンボンザーにのっているけれど、確かに若いサーファーの間でエッグノーズやフィッシュテールにツインフィンと言ったノスタルジックな薫りがするボードが流行っているね。ボードのカラーリングも60年代や70年代のピグメントやティントの顔料を使ったシックなものやサイケデリックなものまであってその時代をリアルタイムで過ごして来た僕にとっても新鮮な感じさえする。
僕はこの現象を単なるレミニッセンスとは捉えていないんだ。むしろ様々な遍歴を経て来たサーフシーンの結果であり進化だと思っている。色んなスタイルのサーファーがいるけれど、60年代とか70年代のカルチャーに興味を抱いているニュースクールボーイズが多いのも事実だね。
今日のインタビューの冒頭にも話したけれど、僕たちが過ごして来たその時代って色々なことが起こっていてサーフシーン、サイケデリック、ヒッピー、 ミュージックシーン、アートシーンと若者を取り巻く環境全てがエキサイティングで夢があった。フッションにしてもただ流行っていただけじゃなくその背景にはしっかりした思想があってそれがカルチャーへと発展して行ったよね。それに明確なスタイルがあったのも事実。そんな時代への憧れやヴァイブレーションが彼等の求めるサムシングとシンクロしたんだと思う。
サーファーってある意味、カルチャーにたいして意識的に進んでいる所があるし、そう言うことに関して敏感な人種だよね。サーフボードだって当時のスタイルをきっちり踏襲しているけれど、ただのコピーキャットじゃなくてちゃんと進化した今風にアレンジされている。そこが面白い所なんだよ。今のムードがただのルックスライクじゃなくて当時を凌ぐカルチャーとして育ってくると、サーフシーンも今以上にハッピーでメローになるんじゃないかな。
2006.3.1
PR
マウイのジョン・セバーソンからポスターと写真が届きました。久しぶりの入荷です。
昔からメネフネのメルマガを読んでいただいていた方たちはご存知だと思いますが、ジョン・セバーソンって何者?という方のために改めてご紹介してみたいと思います。
まずジョン・セバーソンは洋服のメーカーではありませんというところから…笑。
1940年ごろからサーフィンを始めていたジョン・セバーソンは大学でアートを専攻し、そのころからサーフィンを題材にした作品を描き始めます。いわゆるサーフアートというやつですが、それを最初に始めたのがジョン・セバーソンです。
大学を卒業し、兵役でハワイに配属されたのをうまく利用して1958年には「SURF」という自ら撮影した映画を作ります。このSURFを皮切りに映画を発表するのですが1960年の「SURF FEVER」という映画の宣伝用として自分が撮影した波乗りの写真に原稿を付け加えた36ページの小冊子を作りました。その小冊子のタイトルが「THE SURFER」でした。現在も発行されているサーファーマガジン誌の創刊号です。
これが創刊当時のTHE SURFERのポスターです(サーフィンの写真とイラストがたっぷりでたった$1.50と書いてあります。店の壁に掛かっているので探してみてください。)
翌年61年から、自らが編集長となって「SURFER」誌をスタートさせます。当初、ジョン・セバーソンが一人で撮影し、原稿を書いて編集して出版していたSURFERにはたくさんの才能が集まり始めます。ライターと編集にはドリュー・カンピオンやスティーブ・ペズマン(現サーファージャーナルの出版者です。)、フォトグラファーには、ロン・ストナー、ジェフ・デヴァイン、アート・ブリューワー、イラストにはリック・グリフィン、グラフィックデザイナーにジョン・ヴァン・ハマースヴェルド(エンドレスサマーのポスターのデザイナー)といった面々です。
ジョン・セバーソンは61年には西海岸のチャンピオンシップで5位、ペルーでの世界大会では優勝するなど、サーファー、コンペティターとしても優秀でした。
SURFER誌のジョン・セバーソン、ホビーサーフボードのホビー・アルター、エンドレスサマーのブルースブラウンの三人が偶然にもオレンジカウンティの南部を活動の拠点としていたことから、サーフィン業界を牛耳るダナポイントマフィアという組織が噂になったほど影響力がある存在の一人でした。
つまりジョン・セバーソンは現代まで変わらない、映像、写真、出版物、サーフアート、音楽といったサーフカルチャーを作り出した人物なのです。
ジョン・セバーソンは60年台後半のサーフボードの長さが短くなっていく転換期に伴うサーフ・ボードメーカーとの軋轢をきっかけに、1971年にはSURFER誌を売って、現在の住居でもあるマウイ島へと移り住みます(ジョン・セバーソンの跡を引き継いだのが、スティーブ・ペズマンです。この辺のエピソードも面白いので、機会があればお話したいと思います)
それ以来マウイ島で絵を描き、スケッチをし、波乗りをして暮らしています。
これは想像ですが、70年代は新しいサーフボードデザインのテストがハワイでさかんに行われていた時代です。たくさんの優れたサーファーがハワイに集まり、次々と新しいデザインのサーフボードをテストしていた環境はSURFER誌の元編集長にはかなり刺激的だったのではないかと思います。
今回入荷したのは、ジョン・セバーソンが作ったサーフィン映画のポスターと編集長を務めていた当時のSURFER誌でも販売していた写真です。60年のSURFER創刊号に掲載されている不思議な雰囲気を持つ「SUNSET DROP」、パイプラインの波を前にボードを抱えて立つグレッグノールのあまりにも有名な写真「DA BULL」、アラモアナ・ボウルズでのジェリー・ロペスをとらえた「OFF THE LIP」などいい作品ばかりです。映画のポスターもバージョンアップしてサイズが大きくなっています。
これから楽しい額装です。出来上がったらサイトでご紹介しますのでお楽しみに。
75-85 SURFING JAPAN が入荷しました。
1975年から1985年の間に10人のカメラマンによって撮影されたサーファーたちを収めた写真集です。時代ごとのサーファー、波、車やファッションなどの記録は、日本のサーフカルチャーを築き上げていった足跡の記録でもあります。
懐かしい写真がたくさんつまっています。
パームグラフィクスの豊田弘治さんの写真集も同時に入荷しました。
ホームページからどうぞ
私のドロンパフィッシュニーボードをラミネートしてくれた、BIRDS CREATIONのスケートのPV。いい感じです。
映像と音もカッコイイですが、エンディングのクレジットがビシッと明朝の漢字で入っているところも個人的に好きです。
ロングバージョンもあります。
最初のところで飛んだ彼は、着地に失敗。
飛び降りた場所知っているので、ダイジョウブかなー?と思っていたのですが…
しっかり骨折れていたそうです。でも、最高でした。
お大事に…。
いい天気でしたが風が強かった昨日の午後。潮があげてくれば波、少しはまとまるかと思ってチェックしてみたもののオンショアが強すぎてだめ。海には入りませんでした。
ニーボードやりたいよう。
サーファーズジャーナルの最新号の表紙デザインがなんとなく似ていて思い出した、と以前のブログで書いた、71年と72年の「SURFER」の写真号がこれです。

71年号を一枚めくってみると。

表紙裏には1959年にジョン・セバーソンが撮影したフィル・エドワースの写真。そして反対のページには、「「SURFER」創刊号(1960年発刊)のサーファーたちに捧げる」と書かれており、その下には、ホセ・エンジェルから始まって、「SURFER」創刊号に登場したと思われるサーファーたちの名前が45人、ずらっと並んでいます。
そしてもう一枚ページをめくると、この写真号は71年の雑誌にもかかわらず創刊号の「古臭い」写真から始まっています。
パブリッシャーは、スティーブ・ペズマン。広告は1ページもなくて、雑誌のスタートは最新の写真でさえありません。
なんとなく現在のサーファーズ・ジャーナルに通じるものを感じる、71年の写真号です。
写真はカリフォルニアやハワイなどの場所にフォーカスしたもの、サーファーにフォーカスしたもの、サーフポイントにフォーカスしたもの、などいくつかのテーマにまとめられて編纂されています。

ニーボードも…。ロマノスキー、リズ、グリノウ、知らない人、たくさんのニーロが登場します。

右上の写真の人は、サーフマットの上、しかもノーズに乗ってカバーアップされてます。
ロン・ストナーの写真。すごいの一言です。

サーファーにフォーカスしたページのジェリー・ロペス。

その他にもビル・ハミルトン、マイク・テイバリング、ウェイン・リンチなどたくさんです。
72年版。裏表紙はフォトグラファーたちです。

左側はジョン・セバーソンの有名な写真、レイノルズ・イエイター。いい雰囲気ですね。

チューブの真ん中でパワフルさが伝わってくるサーファーは、テリー・フィッツジェラルド。写真はグレッグ・ウィーバーです。

MP、カットバック。

スポンサーの記事や広告は一切無くて、自分たちがいいと思う写真を集めて年に一度、本にして出版する。こういうことができることが本当の意味で「マニアック」だと思います。
昔から言ってますが、雑誌を見ていると「あ、この写真いいなあ」と思うことって必ずあると思います。そんなときにはできるだけ写真のクレジットを見て、その写真を撮った写真家の名前をチェックするようにしましょう。
好きな音楽、絵画、物語ならその作者、アーチストの名前も自然と出てくるでしょう?写真もそれと同じです。
71年号を一枚めくってみると。
表紙裏には1959年にジョン・セバーソンが撮影したフィル・エドワースの写真。そして反対のページには、「「SURFER」創刊号(1960年発刊)のサーファーたちに捧げる」と書かれており、その下には、ホセ・エンジェルから始まって、「SURFER」創刊号に登場したと思われるサーファーたちの名前が45人、ずらっと並んでいます。
そしてもう一枚ページをめくると、この写真号は71年の雑誌にもかかわらず創刊号の「古臭い」写真から始まっています。
パブリッシャーは、スティーブ・ペズマン。広告は1ページもなくて、雑誌のスタートは最新の写真でさえありません。
なんとなく現在のサーファーズ・ジャーナルに通じるものを感じる、71年の写真号です。
写真はカリフォルニアやハワイなどの場所にフォーカスしたもの、サーファーにフォーカスしたもの、サーフポイントにフォーカスしたもの、などいくつかのテーマにまとめられて編纂されています。
ニーボードも…。ロマノスキー、リズ、グリノウ、知らない人、たくさんのニーロが登場します。
右上の写真の人は、サーフマットの上、しかもノーズに乗ってカバーアップされてます。
ロン・ストナーの写真。すごいの一言です。
サーファーにフォーカスしたページのジェリー・ロペス。
その他にもビル・ハミルトン、マイク・テイバリング、ウェイン・リンチなどたくさんです。
72年版。裏表紙はフォトグラファーたちです。
左側はジョン・セバーソンの有名な写真、レイノルズ・イエイター。いい雰囲気ですね。
チューブの真ん中でパワフルさが伝わってくるサーファーは、テリー・フィッツジェラルド。写真はグレッグ・ウィーバーです。
MP、カットバック。
スポンサーの記事や広告は一切無くて、自分たちがいいと思う写真を集めて年に一度、本にして出版する。こういうことができることが本当の意味で「マニアック」だと思います。
昔から言ってますが、雑誌を見ていると「あ、この写真いいなあ」と思うことって必ずあると思います。そんなときにはできるだけ写真のクレジットを見て、その写真を撮った写真家の名前をチェックするようにしましょう。
好きな音楽、絵画、物語ならその作者、アーチストの名前も自然と出てくるでしょう?写真もそれと同じです。

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