MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
53
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳もなかばに近づきつつありますが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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空港の到着出口を出たとたんに包まれたのは、通路の両側に群がる人たちの人いきれとその視線、ざわめき、それにその先の道路を走るクルマとバイクのエンジンとクラクションの音と、それらが吐き出す排気ガスの匂い。

いきなりのアジアの混沌の洗礼に思わずたじろいでしまったヴェトナムはホーチミンシティのタンソンニャット国際空港でしたが、どこか懐かしさを感じる光景でもあったのは、若さと勢いにまかせて旅していた、20代のころがよみがえってきたからでしょう。

ホテルへ向かうタクシーは常に10数台のバイクの群れの中。いつぶつかってしまうかとハラハラ、ドキドキしっぱなし。でも昔はあっちの方だったなあと思い出します。タイのトゥクトゥクやバイクタクシーでクルマのあいだをすごい勢いで走り抜けるのが面白くて大喜びしながら乗っていたものですが、もうダメ。見ているだけで怖くなってしまいます。


バイクの間をすり抜けてようやくホテルに着いて部屋から見下ろせば…。ものすごいバイクの数。


文字はほとんど読めず、言葉は全く分からないままローカルのバスで移動するドキドキ。バス停ではおばあちゃんが、笑顔で話しかけてきても全く何を言っているのか分からない。ニコニコずっとひとりでしゃべっているかと思うと、自分が乗るバスが来たらさっさと乗っていってしまう。


通路の向かいのおじさんはこっちを見てニコニコしながら、何かを指さして何かを教えてくれようとしているような雰囲気。でも分からないのでこっちも首をかしげて笑うだけ。

バスの運転手さんも車掌さんもニコニコ。どのバスに乗ればいいんだろうと不安になっていると、運転席からこっちこっちと手招きしてくれて無事帰還。よく分からないけれど、何か楽しい 笑。

道路は食べのこしや容器のゴミ、それに降った雨がまじった泥の水たまり。それでもその上で売られている果物や野菜はどれも美味しそう。


カフェだって道の上。スタバとは違う美味しさがあります。


道を渡るのも最初は一苦労、というより命がけ。信号なんか守ってくれない。青信号を渡っている目の前を、信号って何?とばかりに走り抜けるバイク。向こうがその気ならこっちだってと、いつのまにかうまくバイクとクルマのあいだをすり抜けて道路を横断できるようになっていたりするから面白いもの。


美味しいものもたくさんあるし。

チェー、という飲み物。マメ、タピオカ、なんかの実、ハーブ、はては昆布までいろんな種類があるのですが、どれもこれも美味しい。これは昆布とハトムギが入ってます。


おなじみフォー。食べ飽きない味です。


気に入ってしまったのはこれ。これは何?と英語が通じるところで聞いてみたら、ローカルチェリーだと。それでよく調べてみたら、アセロラでした。アセロラというと反射的に浮かんでくるのはあの女子プロですが、元の実はこんなだとは知りませんでした。

これにピンク色のチリソルトをつけて、が美味しいのです。

クルマやバイクのクラクションはうるさいし、排気ガスでのどは痛いし、なんでこんなとこ来ちまったのかと思ったのが正直なはじめの感想。

でも慣れというものは恐ろしいもので(笑)一日歩き回ってみればもう平気。交通ルールもへったくれも無くて良く事故が起きないなと思っていたのも、バイクとクルマ、そして歩行者の動きを良くみていると、隙間があれば入ってくるバイクも、我先に進もうとするクルマも微妙な間があって、その呼吸の兼ね合いでぶつからず(ぶつかっているのかもしれませんが)前へ進んでいるのに気が付きました。

しかし、バイクがバンバン横切っている交差点に、路線バスがクラクションを鳴らしながら突っ込んでいくと自然と通り道ができているのは不思議…。思わず目覆いましたから。

あの柔軟さというのか、何と言えばいいのか、独特の柔らかさと強さで国の独立を勝ち取ったんだろうなあと思いました。

やっぱり旅はドキドキする方が面白いですね。









お知らせ:11月5日(日)から、11月9日(木)はお休みいたします。急で申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。

お知らせのとおり明日から木曜まで、お休みをいただきます。またまた長崎へ里帰りです。二週間前にも帰ったばかりなのですが、7月から入院している母の顔を見に行ってきます。

病院へは海沿いの道路を路線バスに乗って行きます。子供の頃から大好きだった通りなのです。小さい頃には父母に連れられ、中高生のころには友達と、半島の先にある海水浴場へバスに揺られてよく通っていた道です。


海沿いには大小たくさんの工場が立ち並んで、船を作っています。私の父も船を作る仕事をしていました。


地図で長崎の地形を見ると、私は昔から見慣れているのですが、とてもユニークな地形をしていると思います。陸地と海が入り組んでいて、海はとても身近な存在です。

今は高い建物が建ってしまいましたが、私がいた頃は国鉄(当時)の長崎駅から海が見えていました。終着駅の線路が途切れたその向こうは港でした。


私の実家は海から少し離れていますが、東西南北どの方向へ行っても海に出てしまいます。言葉だけで想像すると島みたいですが、島じゃありません 笑。北へ少し行くと大きな湾に出ます。大きな湾になっていて、穏やかできれいな海は子供の頃の磯遊びには最適な海でした。いろんな生き物がいました。

こんなことを書いていたら、母が作ってくれた、とろろ昆布の握り飯の味を思い出してしまいました。海水でしょっぱくなった口に美味しかったものです。具は梅干しで、のりで巻いたシャケにぎりよりもとろろ昆布と梅が好きで…。

みなさんもそれぞれに、いろんな海の思い出があると思います。時間が経っておっさんになっても海は海で、変わらずそこにある海がやっぱり大好きです。


今日の懐メロはこれ。ハイファイセット。山本潤子さんが大好きで。

知らない若人は、検索して「赤い鳥」から聴いてみてください。

それでは、ちょっくら行ってきます。







お休み中は、ずっと海の上におりました。

台風5号が通過中。夜の晴海ふ頭から乗船。全長250メートルの大きな船です。


レインボーブリッジをくぐりぬけ出航。東京の夜景、結構好きだったりします。夜間発着の旅客機を眺めながら羽田沖から海ほたるの横を通り抜けていきます。船ならではのスピードが気持ちいいです。


浦賀水道を抜け外洋へ出ると、250メートルの大型船でもピッチングを感じます。台風の吹き戻しの風と周期が長いうねりのせいです。

周期的にやってくるフウッと身体が浮かぶような感覚の中、胃のあたりになんとなく気持ち悪さを感じつつも寝床に入るといつのまにか朝になっていました。

びっくりするくらいの天気と日差し。風とピッチングはまだ収まっていません。後方に富士山がぼんやりと見えていましたが、じきに見えなくなりました。


海はこの色。やっぱりちょっと気持ち悪いですが、気分は盛り上がります。


この日は一日ずっとクルージング。最初の目的地の佐世保へは、次の日の午後遅く到着の予定です。こういう時間の感覚、大好きです 笑。

1時間ほどジョギングとダンベルで身体を動かして、朝食を取ったあとは、居心地が良さそうな場所を見つけてのんびりタイム。本を読むか、アタマをからっぽにしてのんびりするか、さもなければ昼寝です。


私のお気に入りの場所はここ。日陰で風が抜けて涼しく、海が良く見えます。気持ちいい場所を見つけるの得意です。


朝、昼、午後、夕方。雲や雨や風で刻々と変わっていく海の表情は見ていて飽きません。


たまに船に驚いたトビウオが飛び出して、海面をなめらかに滑空していきます。


驟雨と雲の合い間からの日差しが遠くに見えると思っていると…


雲がどんどん消えていって、水平線と遠くを滑る船がくっきりと見えてきます。自分のまわりがすべて海だと、遠くに船を見つけただけでなんとなく嬉しくなります。

こんな海の表情を見ていたら、若い頃から愛読しているサマセット・モームの南洋小説の一節を思い出しました。

翌日の午後4時、佐世保港へ入港。久しぶりの佐世保。しかも海から近づいて行きます。SSKの造船所のクレーンがなんだか懐かしい。佐世保は日本の西の端の軍港の街。かつて祖父母が住んでいたので何度も遊びに来ました。


昔は佐世保駅を出るとまず目についていた駅前の教会ですが、林立するビルにすっかり埋もれてしまって景観が変ってしまっていたのは、長崎の街でも同じように起きていること。ちょっと寂しいけど、そういうことにも慣れてきました。

佐世保は夜10時すぎに出航。翌朝起きて、ゆっくり朝食をとってデッキに出てみると、朝霧に済州島がぼんやりと見えています。


長崎にいると、済州島は天気予報で出てくるので韓流以前からおなじみです。イメージよりもずっと大きな島でした。

済州島で半日遊んだ後、再び船上の人になります。戻るのは晴海ではなく横浜。到着は翌々日の昼。翌日はまたお気に入りの場所でのんびりです。





そして、さらに次の朝。デッキへ出てみると見覚えのある島影が見えています。伊豆大島。波待ちしている沖にいつも見えている島です。


ちょっと悲しかったのは、このあたりの海域にくると海のゴミが目立つようになってきたこと。世界有数の都市の近くで多くの人口が集まっていることを考えると仕方がないことかもしれませんが、ゴミは捨てない、ゴミを見かけたら拾うというのは大切なことだと思います。みんなでできればきれいになるはず。

浦賀水道を抜けると回りに船がたくさん見えます。タグボートが近づいて、船の舷側に着いたと思うと数人の人が乗り込んで、しばらくするとこんな旗が上がりました。

黄色の旗は「乗員、乗客の健康状態には問題ない」というような意味で、もうひとつの赤と白の旗は「水先案内人が乗船している」ということを表す信号旗。


ベイブリッジの下を通過。結構、すれすれ。


気が付くと、信号旗が変っています。

赤白の旗は水先案内人で同じ。真ん中の列は青と白の三角形の旗の下に続くことで、アルファベットを意味するようになると思われます。

赤と黄色は「O」、白地に青の四角は「S」で、「OS」です。OS、これは大桟橋を表していて、この船は大桟橋へ向かっていますということ。

ほどなくして、みなさんグリーンルームでおなじみの大さん橋へ着岸です。



今の時代、旗を使って周囲に信号を送るのはとてもアナログなことのように思えますが、私にはとてもドラマチックに感じられて、(千数百人いる乗客の中でおそらく)ひとりで感動していました 笑。

船はいいですね。また船で旅してみたいと思います。

やっぱり海が好きです。










ナルトトランクス、工場見学行ってきました。ナルトトランクスはその名前のとおり、四国は徳島県のうずしおで有名な鳴門市にあります。もちろん工場見学にかこつけて徳島、淡路、明石、神戸とたっぷり遊んできましたよ。

徳島へは、新宿バスタから夜行バスで。徳島駅まで、8時間のバス旅です。

夜行バスは初めて。海外への飛行機ではほぼ寝られない人なので、8時間は大変かなあと少々不安だったのですが、いつのまにか眠ってしまって気が付けば徳島へ到着していました。

夜行バス、意外と快適でした。今回は空いていたので問題ありませんでしたが、コツとしては車内への持ち込み荷物はできるだけ少なく、楽な服装でが良いみたい。

それで、到着したのは、アワ・カリフォルニア。ヤシの木がラ・シェネガみたいでしょ 笑。


すぐ横では、阿波踊り。徳島駅前です。


時間は朝の七時。早起きのうどん屋さんをみつけて朝ごはんです。

久しぶりの関西圏のうどんにテンションあがりますが、今回の最大の出会いはこのおつゆ。一見、けんちん汁のようですが、そば米汁といって、野菜や鶏肉と一緒に炊いたそばの実の雑炊です。徳島の郷土料理だということですが、これが旨いのです。

すっかり気に入ってしまって、そば米探して買い込んできました。

そして、徳島駅から鳴門行きのディーゼル列車に乗ってナルトトランクスへ。


ここで下車。右へ行くと鳴門海峡、左へいくと高松です。


駅まで、ナルトのキヨシくんが迎えにきてくれました。ナルトトランクスの工場は駅のすぐ近く。おしゃれな建物です。


さっそく工場見学。陽当たりの良い工場では、職人さんがトランクスを縫っています。暖かい日差しの下、ミシンの音が柔らかく響いているのが心地よい空間です。ここでみなさんのトランクスが縫われているのです。

履かれている方ならわかると思いますが、ナルトトランクスは細部まで細かく作りこまれています。けれども職人さんたちの手先を見ていると、とても慣れた手つきで難しさを感じさせません。リラックスした、熟練の手つきだと思いました。

色を迷っていましたが、結局ネイビーでお願いしました。60年代を真似た、かなりクラシックなデザインです。来年の夏が楽しみです。


午前中たっぷり見学させていただいた後は徳島市内観光。夜はナルトのキヨシくんに、阿波尾鶏の焼き鳥と鳴門金時の焼酎をたっぷりごちそうになって、翌日は淡路島へ。

午後から強くなった雨風が通り過ぎたあとは、素敵な景色が広がっていました。

対岸の神戸・三宮から大阪、岸和田まで見渡す絶景です。

淡路島は鳴門大橋、明石大橋と道路でつながっているので、いまひとつ島という感じがしないのですが、船で明石まで行ってみるとやっぱり島です。南風の吹き戻しで強くなった冷たい北風で荒れた海面からのしぶきを浴びながら対岸へ向かいます(そんな日にわざわざデッキに出ているのは、私たちと子供だけ 笑)

明石大橋がきれいです。

楽しみにしていた、明石の魚の棚(うおんたな)。

昼網と呼ばれる、昼近くにセリ落とされた活きのいいサカナが並ぶ商店街は、子供のころの長崎の市場と同じ雰囲気です。

サカナの活きがいいとこは人間の活きもいいのです。鯛が飛び跳ねてました 笑。


干しダコに煮ダコに煮貝を買って、店先に並んでいる旨そうな刺身がどうしても食べたくなったのでお作りにしてもらい、市場内の立ち飲み屋に鯛とアワビの刺身を持ち込ませてもらって、至福の一杯の昼飯です。本物の鯛、久しぶりに食べさせていただきました(ちなみに、鯛半身とアワビ1個で税込み(笑)2.100円也)


明石の鯛とタコをたっぷり堪能し、夕刻の三宮を散策して、新幹線で自宅へ帰ってきました。

ここでは書ききれない、たっぷり濃密な三日間でした。ナルトトランクスのことも改めてまた書かせてもらおうと思っております。

徳島で聴いたこの曲、徳島を歌った歌ですがふるさとを持つ人みんなの心に響いてくるように思いました。きっとそういう土地なんでしょうね、徳島は。


徳島、淡路、明石、神戸、ぜひまた時間を作って行ってみたいと思います。






お休みいただいて、島へ行ってきました。「島」というと、南の島を思い浮かべるかもしれません。

行ったのは日本海に浮かぶ、新潟県の佐渡島。佐渡行きのジェットフォイル乗り場で買ったキャンバストート。おしゃれでしょ。


ジェットフォイル(ハイドロフォイル)はすごいです。船窓からみていると、結構な大きさのうねりがある、風でガタガタの海面をさほどの揺れもなく、時速80キロを越えてスムースに走っていきます。ハイドロフォイルをサーフィンに応用した、スタンレー・プレスクナス(レアード・ハミルトンがやってるやつです)は天才ですね。

フェリーなら二時間半かかるらしいですが、1時間もかからずに、佐渡が近づいてきます。あっと言う間です。


黒い光沢がある能登瓦の屋根が並ぶ家並みは、イメージどおりの北国の海辺の街の雰囲気です。美味しいお米がとれる広い田んぼと板張りの家、そして海。南島とは違う景色を見たくて、やってきました。


江戸から平成まで続いていた金山の遺構、明治以前の姿を残す北前船の街、紅葉が見事な山、美味しい魚とお米。

日本の伝統色にもあるトキ色(検索してみて)の羽をひろげて飛ぶ、野生のトキを見たときには本当に感動しました。美しいと思いました。伝統色になるくらい、昔は普通にいた鳥だったんです。

観光しながら回った、280キロあるという海岸線は美しく、波乗りできそうなところもたくさんありました。

外海府と呼ばれる北側の海岸はリアス式海岸で、切り立った地形の岩場です。西~北西の風が強く吹いていて、そちらの方角に向いた海岸にはうねりになった波が打ち寄せていました。


夏の穏やかなときは、さぞきれいでしょうね。


レフトのポイントかな。決まったときには長く乗れそうです。


漁村のテトラの横のレフト。いったん崩れてリフォームした波が、テトラのインサイドでこんどはレギュラーにブレイクしていました。


雄大なロケーションにブレイクするレギュラーの波。こんなところで波乗りしてみたい。


波乗りで行ったわけではないのですが、どうしてもこういうのが気になってしまいます。機会があればやってみたいですが、新潟からも時間かかるし、いい波を当てるのはかなり難しそうです。よほど運がいいか、地元ならではの波だと思います。

サカナは普通に美味しかったです。何気なく頼んだ刺身定食が旨いこと。

長崎で育ったので美味しいサカナの味は知っているつもりですが、これは美味しい。やっぱり島は違います。佐渡産のコシヒカリも、これまた美味しいのです。

お米も魚も美味しいのですが、これは美味しいと感動したのがこれです。


おけさ柿です。地味ですが、柿です。これがとにかく美味しくて、重たいのを頑張ってたくさん担いで帰ってきました。

佐渡、夏の穏やかな海はさぞきれいなんでしょうね。冬の雪景色も見てみたいですが、雪慣れしていない私には危ないか…。

海外もいいですが、自分が住んでいる日本も素晴らしいのです。国内を旅するといつもそう思います。

また行きたいな~。

いいお休みでした。今日からいつもどおりに営業しております。





飛行機を降りるとそこは南国だった。雨で肌寒い東京から履いてきたデニムのパンツは重く、少し歩くだけで汗が吹きだしてくる。空港と対岸をつなぐ橋から見える海と空と雲はまだ真夏のコントラストであった。



というわけで行ってきました、長崎へ。

ここが自分にとっての故郷か?と自らに問うてみますが、昔とくらべるとその意識は薄らいできているようです。長崎を離れてからもう30年以上経ちます。

移り住んだものにとって、離れてしまった土地はその時で時間が止まっているのです。そして、たまにやって来てその変化に驚き、自分がそこにいた頃を懐かしむことしかできません。よく知っているだけに時間に取り残されてしまうことになります。

それでも、長崎名物の坂と階段を登り、高いところから見下ろすと細部はぼやけ、自分が知っている長崎の景色へと時間が戻ったような気がして、少しだけほっとするのです。

階段を登りつめた先にあった青い街区表示板。昔と変わらない町の名前とそこから見える景色に、ふと昔の残り香のようなものを感じて振り返ります。


坂本龍馬の亀山社中も同じ高台にありましたが、ここも街区表示板と一緒だと、どことなく懐かしい雰囲気。町名と同じ名前の小学校へ小3まで通っていました。


その小3まで住んでいた場所は、ものの見事に様変わり。きれいさっぱり7-11です。脇を流れる川と橋の欄干は昔のままです。


私の母は通りの左側、軽トラの上にあるオレンジ色の看板の先の建物で洋品店を営んでいました。

市場通りに昔の賑わいはありません。お好み焼屋、包装紙屋、貸衣装屋、うどん屋、書店、八百屋に魚屋、個人商店が元気だったころの残り香はほとんどありません。昔遊んだことがある男の子は今はきっと大場金物店をきりもりしているに違いありません。

この商店街の中心に立つデパートは、今年の8月いっぱいで営業をやめてしまったようです。今年はそういう出来事が多く、そのたびに自分の中で火がひとつずつ消えていくような気がしていました。


時間の流れが残酷なものだと感じるようになったのは、それだけの年月を生きてきた証拠かもしれません。

かろうじて営業しているデパートの1階にある市場。市場に漂っている匂いは昔と変わりません。揚げカマボコの油の匂い、うどん屋のつゆの匂い、焼き鳥屋(昔は鰻屋)のタレが焼ける匂い。そんなのが交じり合い、ほんの一瞬だけ市場で遊んでいた子供のころに戻ったような気がしました。匂いの記憶です。


もう少しだけ、街区表示板にお付き合いください。

お寺さんがたくさん集まっているので、寺町。小学校低学年の頃はこの石段を走り回って遊んでいました。


昔は味噌や醤油作りなどに使う麹を作っていたんでしょうね。


どれも長崎に住んでいた私にとっては、なじみ深い町名です。町名を聞くと細部ははっきりとはしないままにも、その場所のイメージがおぼろげに意識の中に浮かんできます。

最後は実家の近く。

中学へ通っていた通学路の、川沿いの細い道。昔と何も変わりません。長崎で街に金木犀の香りが漂うのはちょうど今の季節で、東京よりもひと月遅れ。

文化祭の準備で遅い時間まで学校に残り、すっかり暗くなった道をその日がんばった充実感を余韻に、友達と一緒に帰る道すがらに漂っていたのが金木犀でした。いまでも金木犀の香りをかぐと、あのころの記憶が蘇ってきます。

これだけはいまだ東京の方に違和感を感じる、季節の香りの記憶です。


私はここのちゃんぽんが好きです。味はさっぱりめ。ちゃんぽん麺の唐灰汁の匂いもやっぱり長崎です。


あいまいなもの、あざやかなもの、記憶というものは自分のこころの中から漂ってくる香りのようなものなのかもしれません。

また長崎行きます。




はやくも週末ですが、今週の営業は今日で二回目。今週は遊んでばっかりでした。東京ばっかり行っておりました(ここも東京都ですが、もっと都心の東京です)池袋、新宿、原宿、渋谷、あらためて見直してみると東京って面白い街だと思います。海外からの観光客がたくさんなのもうなづけます。

昨日は美味しい昼飯を食べたあとに見舞われた大雨の雨宿りがてら、新宿のヒップな百貨店をのぞいてみました。百貨店というとおじさん、おばさん御用達のがらっと広い平場の売り場を想像しがちですが、そういう雰囲気を残しつつも扱っている商品は専門店的。でもテナントの集合体ではない巧妙な売り場構成。

私もかつては百貨店で働いていましたから、そういうのを見るのは好きだし、楽しいのです。

そんな中で目に留まったのが、あるブランドロゴでした。代官山がまだ普通の住宅地だったころからある、アイコン的存在の洋服屋さんのブランドのひとつです。

約30年前、まだ学生だったころ、アルバイトでそのブランドロゴが付いた洋服を販売しており自分でも良く着ていました。

手に取ってみれば、ロゴのデザインも変わっていないし、モノづくりの雰囲気も変わっていません。30年前そのままのデザインのジャケットもあったり、昔のままなのです。

いまでも同じものを作ってるんだなあと思うと懐かしい気持ちとともに、なんだかとても嬉しくなってしまいました。

同じモノを作ること自体は簡単ですが、それを長年にわたって続けていくことはとても難しいことだと思います。

新しいモノは面白いし刺激もあります。それに何より私ら日本人の気質は、昔から新しいものが大好き、ときています 笑。

長年気に入って使ってきたモノが、消耗したり壊れてしまったりしたとき、また同じモノを手に入れようと探すとこれがなかなか見つからない。大抵はモデルチェンジしていたり、すでに生産されなくなっていたりと、そんな経験は誰にも多少なりともあると思います。

それだけに、あの空間の中で見つけた昔と変わらない形は、とても新鮮に目に映りました。

それが自分がやっていること、つまりサーフボードを作ることに当てはまるのかどうかは分かりません。でも、ひとつ気が付いたことは、私らサーファーにとって「変わらないこと」とは、サーフィンを続けること。キープサーフィンなのかな、ということです。

そんな中で、私がやっていることや考えていることに少しでも興味を持っていただければ、こんなに嬉しいことはありません。最近は「ブレなく」なってきましたから、私 笑。


さて、東京ばっかり行ってちゃいけません。サーファーは海に行かなくちゃ。

17号ができましたが、今回はどの気象予想サイトも同じ予想で、そのまま西へ抜けてしまう予想です。もしかしたら来週の初めに、ほんの少しだけうねりが入るかも、という淡い期待のみのようです。





伊豆の温泉街へ遊びに行ってきました。古くからの温泉地、かつては新婚旅行のメッカだった、熱海です。私がまだ子供だったころ、ゴジラにキングコング、それにガッパが暴れまわった街です。

駅を降りると(旅行は電車で行く主義です)、懐かしい雰囲気のアーケード。

いたるところに昭和の残り香が漂っています。


早い時間なのでシャッターはまだ閉まってしますが…。


かつての賑わいが無くなったさびれた温泉街という勝手なイメージだったのですが、見事に裏切られました。若い人たちもたくさん遊びに来ていて、たくさんの人でにぎわっていました。


着いた日はあいにくの天気。でもこれはこれで好きな雨の海。グレイの海と空でぼやける水平線をながめていると気持ちが落ち着きます。


翌日も予報は雨だったのですが、朝起きて部屋のカーテンを開けると…。

光に照らされた朝の海が広がっていました。沖に見えているのは初島です。

朝風呂に浸かりさっぱりして、軽くストレッチをした後に朝の海を感じながら瞑想。静かな気持ちで座ります。


後ろの山からはひんやりとした風が吹いて、磯の岩に砕ける波の音を聞きながら気持ちよく座ることができました。

朝の海は好きです。波に乗るために誰よりも早く寝床を抜け出すサーファーですが、波だけではなく、こういうものも海へと向かわせてくれる理由のひとつだと思います。


もちろん、美味しいサカナもたくさんいただいてきました。


熱海、また行きます。







黄金週間も大詰めですが、私もちょこっとだけ連休をいただいて、遊んできました。昔っから、人が遊んでいるときに働くスタイルですが、少しだけGW気分をいただきました。

1日目は最近できた、話題の新宿南口に。ずーっと工事していたところです。


見方を変えると、東京もいろんなところがあって面白いです。そういえばうちのショップも東京都でした 笑。




東京のどこへ行っても、海外からの観光客と思われる人たちがたくさんいます。そういう人たち向けの旅行案内を見ていると、自分たちが住んでいる日本というのはきれいな国なんだなと思わされます。

東京だけでなく日本全国、あらためて見ると素敵なところが本当にたくさんあります。海外にばっかり目を向けていてはいたら、大事な物を忘れてしまいますよ。

二日目は奥多摩のマス釣り場へ。ここも東京都です。


河鹿蛙の鳴き声と渓流が流れる音を聞きながら、釣り糸を垂れるのはかなり贅沢。海釣りには無い醍醐味です。

まさにこんな感じ。
https://youtu.be/R7QrVhALZio

養殖のマスを定期的に放流しているので、釣果はお約束です 笑。

まずは塩焼き。川魚には焼酎がよく合いますね。


残ったマスは開いて干物にします。


干物が楽しみです。

二日間たっぷり楽しんで、今朝は軽くランニング。奥多摩とそんなに変わりません。







お休みをいただいて長崎へ行ってきました。何度か書いていますが、長崎は私が小、中、高校(プラス浪人1年)の計13年間住んでいたところです。

子供時代から10代後半まで過ごした街は、自分の根っこの部分になっているように思います。大好きなところです。

有名な観光地のひとつグラバー邸。明治維新に影響を与えたイギリス商人がかつて長崎で住んでいた家です。行ったの何十年ぶりでしょう?洋館と港の長崎らしい景色です。


観光地めぐりはグラバー邸くらいにしておいて、遠足でよく登った岩屋山という山に登ってみることにしました。自宅のすぐ裏にそびえる、475mの低山です。

登山道までの道のりは覚えていましたが、登り口にはちょっと迷ってたどりつきました。


地図は持っていませんが、子供の頃に初日の出を見るために懐中電灯片手に登ったこともある山です。なんとかなるでしょうと登り始めます。

かなりざっくりした地図発見。登れば頂上に着くということくらいしか読み取れません。


登山道は石がごろごろした、結構な急斜面。記憶にはまったく残っていません。


道がよくわからないので、地形を見ながら勘を頼りに登っていきます。

登ること約30分。急にすっぽりと視界が開け、あっけなく山頂に到着です。山頂のこのほこらは見覚えあります。遠足でよく弁当を食べた場所です。


低山とはいえ、景色は最高です。

正面に見えている山頂に鉄塔が立っている山が稲佐山という、夜景を見にいく有名なスポットです。河が流れる先に港が少しだけ見えています。


少し右に目を移すと海が。東シナ海です。


天気は快晴。秋の風が最高に気持ちいい山頂です。いつまでも景色を眺めていたかったのですが、いい気持ちのうちに下山です。山の東側から登ってきましたが、下山はルートを変えて北側へ降りてみることにしました。

途中、こんなのを発見。近づいてみると、ヒズメの跡と泥の表面に毛皮を擦り付けた跡が筋状に残っています。イノシシのヌタ場です。そういえば子供の頃、山からイノシシが降りてきて騒ぎになったことを思い出しました。


イノシシとも鉢合わせせず、緩やかな林道を気持ちよく下山して市街地に出ます。

山頂から見えていた河です。


こっちに降りてきた理由は昼飯。ラーメンより、うどん、そばよりも好きな麺類です。

チャンポンとハーフサイズの皿うどん。

今回行ったのは宝来軒別館。爆心地公園のすぐ近くなので、長崎観光の折りにはぜひお試しください。旨いです。

食べ物ついでに、長崎の老舗「吉宗」の茶碗蒸しと鯖のばってら。




卵を柔らかく、出汁がちに蒸したとでも言えばいいのかとにかく美味しい茶碗蒸しです。ばってら名物。思わず「うまい」と声が出てしまいました。

こちらも長崎観光の折りにぜひ。

朝まだ早い長崎の港。


朝の海はやっぱりいいですね。


久しぶりに山に登り、改めて長崎は山と海の街だと思いました。

本日から平常どおり営業しております。25号は先週の予想よりゆっくりで、私が戻るのを持っていてくれたかのようです。体調整えて海へ行きたいと思います。





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