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MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
53
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳を越えてしまいましたが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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個人的にロングボードのイメージというと、髪型はクルーカットのようなショートヘアで、ファッションはラフなアイビー風(あくまでも個人の意見です 笑)

こんな感じ。(写真はすべてリロイ・グラニスの写真集より)


グレッグ・ノールもフィル・エドワースもさわやかです。


若い頃はずっとクルーカットで、アイビーも好きだったのでそんなイメージからも、ロングボードかっこいい、となって波乗りを始めたときにロングボードをチョイスしたのです(もちろん一番の要因はロングボードのライディングスタイルです)

残念なことに、この素敵なロングボードの時代はあるときを境に急激に変わりはじめます。

1966年の世界大会から始まる、ショートボード革命です。

ナット・ヤングがこの大会で、9.6の「ショートボード」のマニューバで優勝してから6年後。

全員、ぼうぼう。集まるとちょっとむさくるしい 笑。


これも同じ年です。ビーチに座っている人も含め、やっぱり全員が長髪です。


ボードは短く、髪の毛は長く…。

短髪好きな私はもっときちんとしなさい、と言いたいところですが、サーフボードのサイズと髪の毛の長さの変化に、時代の移り変わりを多いに感じます。

それもわずか数年のあいだのことですから、今の私たちからは想像できないくらい激しい変化だったのだと思います。

フィル・エドワースはサーフィンをやめてしまい、その他多くのサーファーはスタイルを変え、ロングボードのゴールデンエラは幕を閉じました。

そのなかで、一人頑張っていたのは、ランス・カーソン。70年代初めのサーフィン映画の中で、皆がショートボードに乗っているマリブでノーズライドを決めている映像が残っています。

それから20年後、ロングボードは見事に復活してきます。そして、それからさらに20年が経った2000年過ぎあたりから70年代のフィッシュやシングルフィンなどが復活してきます。

最初のロングボードから50年でひと回り。50年間のミックスカルチャーが今ということなのかもしれませんね。




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ディック・ブルーワージャパンのシェイパーのお二人、いいこと言っておられます。動画の埋め込みができないので、以下のリンクでご覧ください。途中で鎌倉彫りの職人さんの話が挟まっています。
https://www.youtube.com/watch?v=s8wkAt6VlDw

普通にサーフィンをしていてもサーフボードを削っている人、つまりシェイパーですが、には普段あまり触れ合う機会は無いと思います。

でも、一本のサーフボードの影にはたくさんの職人の作業が存在しています(すべてを一人でこなしてしまう職人には、たくさんの工程が…)

私は職人ではありませんが、シェイパーのサーフボードへの考え方を理解し、その中でものを考え、サーフボードを求めて来ていただく人のご要望を受け止めて、シェイパーへ伝えます。

それには、シェイパーのサーフボード作りへの考え方を可能な限り深く理解しておく必要があると思っています。

私は、プレーナーもサンダーも握りませんが、それが私にとってのサーフボードを作ることであると思っています。サーフボードのカスタムオーダーを受けるのは、いつでも真剣勝負。そしてその反面、楽しいことでもあります。

だから止められないのです。






お知らせ:6月14日(火)はお休みいたします。よろしくお願いいたします。

サーファーズ・ジャーナル日本版#25 Vol.2が届きました。表紙はアレックス・ノスト。

後ろ足をコンパクトに収納し、レールを握った低い姿勢でのボトムターン。ボードはキャンベルボンザー。ボンザーでないとできないボトムターン。しかし体、柔らかいですね。

今回も読みごたえがある記事がたっぷりです。

それから、ヒラツカニアンシリーズタイラーウォーレンフューチャーのWET DREAMのタケイ監督も登場しています。

これなんか、「ジョニー・フェイン マリブ 1964」なんてキャプション付けてもバレないと思います。素晴らしいショットです。写真集、期待しております。


サーファーズ・ジャーナル、読みましょう。




ふたたび昨日のロングボードの画像。赤のレジンパネル、かなりベタですがやっぱりかっこいいです。


こういう着色方法をレジンパネルとか、カラードホットコートなどといいます。普段、○○ティントや○○オペークと呼んでいる着色方法はラミネートする樹脂に着色します。

それに対して、レジンパネルはラミネートした上に、顔料を混ぜたホットコートを乗せて着色します。60年代のロングボードに多く見られ、70年代のショートボードにも部分的に使われているのを目にする手法です。

最近では、カラーラミネートした上からさらに着色したレジンを乗せ、下のラミネートが見えるように意図的にサンディングで削り落とし、デニムなどの生地のダメージ加工のように仕上げているボードもあります。(「カラードホットコート」で検索してみてください)

話がそれましたが、イメージとしてはやはりクラシックなのが、このレジンパネルの着色方法だと思います。

これは想像ですが、60年代はいまほどサーフボードの材料であるフォームの品質が良くなくて、フォームにできてしまった気泡を隠すため、いったんラミネートした上に着色したところから始まった技術なのかもしれません。

それが事実かどうかは分かりませんが、いずれにしてもクラシックな雰囲気です。

このロングボードは、ストリンガーを挟んで両側のレールまでデッキとボトムの両面をレジンパネルで覆っていますが、この他にもいろいろなデザインが考えられます。

例えば…。

レールはクリアで残したもの。右と左では着色している範囲のバランスを変えてあります。


さらにストライプを加えたもの。


レールの両端だけに着色したもの。


イラストレーターとフォトショップでこんな絵を作って、お客さんと一緒にあーでもない、こーでもないとデザインを考えています。こういうのが楽しいのです。

この他に、これもレジンパネル…、というかレジンバンドですね。私のログです。

これは赤のオペークでラミネートしたあと、黒く着色したホットコートレジンでバンドを入れました。やはり、昔見たビンテージのロングボードを真似したものです。

やっぱり、クラシックなシェイプのボードに似合う着色法だと思います。

ご存じ、ファイブサマーストーリーズのグレッグマクギリブレイとジムフリーマンのコンビによる、1967年。FREE&EASY





知り合いが七里ガ浜のフリマで手に入れた、1980年(昭和55年)に発刊された10冊ほどのサーファーマガジンの中の一冊の表紙です。カツさんのシェイプルームで、当時の話をいろいろと教えていただきながらめくっていました。

カツさんが波乗りをはじめたのは、1967~8年。そんな方に話を聞ける私は本当に幸運だと思います。

80年代というと、蛍光色、パステルカラー、エッジが立ったデザインをイメージしますが、まだ80年代に入ったばかりで、「INTO THE 80S」のデザインと写真の加工にその片りんが見えるくらいです。

ボードはシングルフィンとツインフィン。トライフィンはまだありません。サイモン・アンダーソンのスラスターデザインの登場は81年ですから、シングルフィン最後の年だとも言うことができます。

ライディングの写真は今と違い、いかにもシングルフィンという感じでどれもスタイリッシュです。


サルタンオブスピード、テリー・フィッツジェラルド。シングルフィンでないとこのスタイルにはなりません。

トランクスの丈はまだしばらくこのままです。長い丈のパンツは、バミューダパンツと呼んでいました。

レインボウサンダル。私はパチモノ履いていました 笑。


リチャード・シュミット、サンセットシークエンス。

面白いなあと思ったのは、上の写真。アレックス・ノストのチューブシークエンスなどとキャプションを付ければ、2016年の雑誌に載っていても全然不思議じゃありません。

カツさんが言うには、シングルフィンの頃はみなそれぞれ乗り方が違って、それぞれのスタイルでサーフィンしていたそうです。以前このブログでも書きましたが、レールと一本のフィンだけでボードをコントロールするシングルフィンの方が、スタイルが自然と出てくるのかもしれません。

いまのサーフィン雑誌の写真とかなり違うのが面白いですし、やっぱりシングルフィンかっこいいなと思わせてくれます。。

そしてこれは日本。サーフィンライフ1980年11月号。カツカワミナミサーフボードを立ち上げたのは1979年。

すでに鬼籍に入られた方もいらっしゃいます。カツさん若いです。クリックして大きくしてみてください。

写真の記事によると、ロングボードの時代から(60年代)サーフィンをしているサーファーで、サーフィンビジネスにかかわっていなかったのはカツさんくらいなもので、貴重な存在だったそうです。

でも結局、5年くらいでBACK TO南の島へ。そして2002年に日本に戻ってこられたのですが、そこからはご縁があったようで現在に至っています。

2016年6月2日。お仕事中のカツさんです。








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