MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
54
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
2001年のオープン以来、ロングボードをベースに、フィッシュ、ボンザー、シングルフィン、ニーボード、パイポとさまざまな種類のサーフボードを作り、試してきました。
 気が付けば50歳もなかばに近づきつつありますが、浮力を頼りにしながらもカラダもキープして、人生の荒波にチャージしていきたいと思っています。
 2006年に始めたこのブログ、サーフィンの他にランニングなどのフィットネスや食べ物、フツーの普段の生活のことなども綴っていきたいと思います。
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以前もご紹介しましたが、フィッシュの歴史をまとめたドキュメンタリー映像が発売されました。

昨日さっそくダウンロードして見たのですが、言葉がよく分からないにもかかわらず、結構楽しめ、改めて面白いと思ったフィッシュのドキュメンタリーでしした。

話は60年代、スティーブ・リズによってニーボードのフィッシュがはじめて作られ、それをジェフ・チンがスタンディングで使い、今のフィッシュの原型が出来上がったところからスタートします。

リズのニーボードのシーンをたくさん見ることができて、ニーボーダーとしては嬉しい出だしで始まります。

1972年のオーシャンビーチのワールドコンテストで、フィッシュのデザインを”パクッた”デヴィッド・ヌヒワのボードが叩き壊され、ピアからぶら下げられた一方で、ハワイに持ち帰られたフィッシュが、リノ・アベリラによってモディファイされ(これがカツさんのブギーの原型です)、さらにオーストラリアへと渡り、マーク・リチャーズによって、ツインフィンとして生まれ変わる、フィッシュ愛好家なら良く知っているストーリーですが、あらためて映像化されたものを見ると面白いです。

そして1990年。デレク・ハインドがJ・ベイ用のフィッシュをスキップ・フライにオーダーします。そして、そのフィッシュに乗ったトム・カレンを捕えたのが、ソニー・ミラー監督の「SERCHING FOR TOM CURREN」です。

このあたりから、フィッシュというデザインが思い出されはじめます。

そして1997年。アンドリュー・キッドマンの「LITMUS」

あとはご存知の通りです。ロブ・マチャドが95%のサーファーが間違ったボードに乗っていた、という90年代の反動か、幅が広くフラットで浮力がある、フィッシュがまたたくまにブームになります。

フィッシュ・フライのイベントは世界各国へ広まり、日本のフィッシュ・フライの模様も登場します。いつだか出展したカツさんのブースが、ちらりと出てました。

日本語字幕はありませんが、1時間20分楽しめます。ここで、DVDかダウンロードで購入できます。http://www.somethingkreative.com/#!fish/aa6ra


FISH: THE SURFBOARD DOCUMENTARY from Something Kreative Studios on Vimeo.



あらためて思ったのは、フィッシュは10年前に大きなブームになりましたが、80年代以降のように忘れ去られることなく、これからは世界各地で定着して作られていくんだろうなあということ。フィッシュ以外のボンザー、シングルフィンなどのデザインも同じなのではないかと思いました。

そしてもうひとつ思ったのは、ニーボーダーはやっぱりカッコイイ~ということでした。

明日は波ありそうなので、久しぶりに自分でシェイプした5’0のフィッシュニーに乗ってみようかと思います。





今日で、糖質制限三日目。体重や体脂肪は少しだけ減りましたが、まだ大きくは変わりません。体重減るのはたぶん二週目からです。

昨日の晩のメニューです。レバーと豚肉、アボカド、ブロッコリー、トマトに豆腐のシーザースサラダ風。


糖質を食べないと不思議と空腹感がありません。12時に昼飯食べて、現在午後6時30分です。腹の中にはたぶん何も入っていなさそうですが、空腹感はありません。続けられる理由です。

どうなるのかな~と思っているのは、波乗りやランニングはどうなるのか?ということです。糖質を制限して、通常の糖質エネルギーが極端に少なくなっているわけです。

昨日、今日は走らずに薪割りやってました。明日、波乗りこのままやって大丈夫なのか?

糖質制限とスポーツの関係は諸説あるみたいですが、波乗りでどうなるか?自分のカラダで実験くんです。





リーシュコードが一般的に使われるようになったのは、1970年代後半あたりからのようですが、それをさらに遡った、1965年のインターナショナル・サーフィンという雑誌にこんなひとコマを見つけました。


「新しいフランスの道具」というタイトルでリーシュコードが紹介されています。

Durcudoyという名前のフランス人サーファーが、ワイプアウトしたときにボードを流さないための道具を作ったと紹介されています。(Durcudoyというのは、南西フランスに比較的多い苗字のようです。)

いまでは波乗りをするのに必需品のリーシュコードですが、続くコメントはかなり否定的です。

(こんなものを着けて)足を折るより、泳いだほうがマシだ。

もしこれを試してみようと思うのなら、1フィート以下の小さな波で試して、スピン(ボードの上で回るトリック)は1回転以上は絶対にやってはいけない、とあります。


確かにスピンはコードが絡まりそうなので、やめておいたほうが賢明と思われます。それよりも現代のサーファーがいまいち理解できないのは、「足を折る」というところでしょう。

私はかつて、60年代のほんとに丸太のようなヴィンテージボードにも乗っていたことがあるので、このコメントには多いに同感できます。

その理由は、当時のボードの重量を考えればよーく分かります。

ヴィンテージボードに後付けロービングでリーシュを付けて、ムネくらいの波でワイプアウトしてみてください。これでもかとばかりに引っ張られます。それこそリーシュが切れるか、足が引っこ抜けるか、というくらいです。

現代のクラシックボードとは、事情がかなり違うのです。

そんなところにも、ブルース・ブラウンのフィルムに出てくるサーファーたちは凄いなあと改めて思います。サーファーであるとともに、優れたスウィマーだったんです。

時代が変わって、ボードとカラダへの取り付け方、コードの素材など、研究され、洗練されて、泳ぐよりはマシだと思わさせるものが作り出されて、一般にリーシュコードが使われるようになったんですね~。



古い雑誌をパラパラとめくっていたらリーシュの記事が目に付いて、ブログにしてみましたが、面白いのでこれからもちょくちょく古い雑誌の話をとりあげてみたいと思います。


こんなにフィッシュに乗れたら最高でしょうね。





ジョン・セバーソンの1970年のサーフフィルム、パシフィック・バイブレーション。おすすめしたい映画(VHSで持ってます)なんですが、現在では著作権などの事情で販売できないようです。

リック・グリフィン、マイク・テイバリング、アンジー・リノのRANCHでのサーフィンです。

スクープノーズのシングルフィンがクラシック、というより古臭いですがシングルフィンらしい動きがかっこいいです。

やっぱり短いボードでもこういうサーフィンが好きなんです。まだロングボードが残っている身体の使い方で、ボードがすこし短く軽くなっただけ、のようなイメージです。なのでフィンは必然的に、シングルフィン。

シングルフィンにあってトライフィンに無いものがあると以前書きました。このブログです。それが何かは自分ではっきり分かっているのですが、まだ書きません。

もうちょっと考えて、実践してからにしようと思ってます。




フィッシュ、ハル、ミッドレングス、ミニシモンズ、シングルフィン、ツインフィン、クアッドなどなど、海の中では本当にいろんな種類のサーフボードが使われています。

そのきっかけを作ったのが、ニーボードから生まれたフィッシュという独特の形をしたサーフボードです。

そしてさらに、そのフィッシュが注目を集めるようになったきっかけのひとつがこの映像だと言われています。

Tom Curren on a Fish from Mollusk Surf Shop on Vimeo.


1997年の「SEARCHING FOR TOM CURREN」の中のひとつのチャプターです。

トム・カレンのベストビデオのうちのひとつと言われている作品ですが、残念ながらDVD化はされていません(上の映像へのコンメント欄で、リップ・カールが2004年に発売したクラシックシリーズの中に入っているとのですが、それも今では入手困難のようです)

そしてもうひとつ、フィッシュのリバイバルに影響を多いに与えた映像があります。

ご存知、アンドリュー・キッドマンの「LITMUS」です。

残念ながらそのシーン、デレク・ハインドがスキップ・フライのフィッシュでJ BAYを滑るシーンはネット上にはありませんでしたが、このブログを読んでいただいている方はDVDお持ちなんじゃないかと思います。

知らない方のために…こんな感じの映像です。DVDは覚悟の上見てください。変にハマリますので。


それじゃあ、フィッシュ登場以前の海はどうだったのか?というと、ほぼショートボードとロングボードの二種類のみでした。

ロングボードブームということもあって、ショートボーダーには目の敵にされていたような記憶もありますが、今となってはもうそんなことは遠い昔のような気がします。

オルタナティブボードには、ロングボードとショートボードのどちらからも移行してきているのが面白いところです。ロングボーダーは、9フィートの長さが無くてもロングボードと同じように楽しめることに気が付き、ショートボード乗りはぎりぎりの小さな浮力と強いロッカーから解放されました。

今でこそ多くの種類のサーフボードデザインの中のひとつになってしまったフィッシュですが、そのフィッシュこそが今の時代の源流なのだと改めて思い出させてくれたトム・カレンの映像でした。

久しぶりにVHSビデオ、引っ張りだして見てみましょうか。





お知らせ:明日21日(月・敬老の日)はお休みさせていただきます。よろしくお願いします。

みなさんのボードをいつもきれいに直してくれる、BIRDS CREATIONのジョージくん。VISSLA主催のUPCYCLEコンテストで最終選考の4名のうちの一人に選ばれました。応募対象は世界…のうち4人ですからたいしたもんです。

選考対象はこのボード。二年くらい前に作った発泡スチロールのブランクスで作ったやつです。


優勝間違いありません。







新しいサーファーズジャーナル日本版が届きました。記事の中で1番興味を引いたのがボンザーの生みの親である、ダンカン・キャンベルが書いた記事でした。

ある日パイプラインの波を見ていたとき、ボディ・ボーダーのマイク・スチュワートが自分の20メートルほど前からテイクオフしたサーファーと一緒にチューブに入り、そのサーファーをチューブの中で追い越して先に飛び出して来たのを目撃したことが書いてありました。

エッジをキープするためのフィンが無く、浮力も少なく、しなりもあるボディボードで7フィートのサーフボードに乗るサーファーを追い越してしまったという事実は、サーフボードのデザインについての見解を変えてしまったとダンカン・キャンベルは書いていました。

これを読んでいて、もしかするとニーボードも同じじゃないかと思いました。

ボードに立って乗っていると加速させるためにデッキを踏み込む動きをします。アップスンダウンという動きです。

ニーボードでは、スタンスを見ると分かると思いますが(多少はやりますが)スタンディングのサーフィンほど大きくは出来ない動きです。

それでもスピードが出るのは走っている位置が違うからではないかと思います。

直感的にやっているので説明は難しいですが、テイクオフで波を滑り降り、ボトムターンから目指す、ある波のポジションがあります。そこに張り付くと自然とスピードが出る(ように感じる)位置です。

目線が違うのでスタンディングでそこを滑っているかどうかは分かりません。ニーボードの目線だからそのように感じられるのかもしません。

パイプラインのマイク・スチュアートとは次元が違いますが、ニーボードで滑っているとスタンディングとはまた違う感覚でストークしてしまう秘密はそんなところにもあるんじゃないかと思いました。ニーボードの魅力の一部だと思います。

ニーボードやりたくなってしまいました。新しいアイデアも試してみたくなってきました。サーフィンの雑誌はいろいろとありますが、そんなマニアックなインスピレーションをくれるのは、この本ならではです。


The Cooneys go to Indo from Legless TV on Vimeo.





私がロングボードでサーフィンを始めることを選ばせた映画。ブルース・ブラウンのエンドレス・サマー。

まだロングボードとショートボードの違いもよく分からなかったころ。分からないながら初めて自分のサーフボードを手に入れようと考えていたところに、友人が貸してくれた2本のVHSのうちの1本がエンドレス・サマーで、もう1本はショートボードのビデオ。どっちに自分が反応するかで、進む方向を決めるつもりでした。

映像が始まった冒頭のシーン。クルマのルーフにシングルフィンのロングボードを積んで、夕日の中を走っていくシーン。

エンドレス・サマーに登場するサーファーたちの身体の使い方。ウォーキングやトリミング、ドロップニーターン、ノーズライド、プルアウトまで、すべてが何もしらない自分の目にかっこよく写りました。

あれから四半世紀。いまでもこのサーフィンに夢中です。自分のベースはこの映画に出てくるロングボードでのサーフィンだと思っています。

途中、短いサーフボードに浮気もしていますが、短いボードに乗っていても自分の中では、ロングボードでのサーフィンとリズムは同じです。

ロングボード以外のサーフボードに乗ったことも、いろんな意味でクラシックなロングボードでのサーフィンにプラスになっていると多いに実感しています。

これからも、いろいろな種類のサーフボードで波乗りをすると思いますが、これまで以上にこの重たいシングルフィンのロングボードのリズムを大切にしていきたいと考えるようになりました。

いろんなことが、今乗っているシングルフィンのロングボードでつながって来ているように感じています。

活さんのロングボードとエンドレス・サマーのおかげです。






ジョン・セバーソン氏のバイオグラフィー的写真集「SURF」が届きました。カラー印刷の212ページ、ハードカバーの豪華本です。


メネフネではオープン時から(個人的にはそれより前から)絵をいただいたり、いろいろと関係がある人物なのでご存知だと思いますが、簡単にご説明しときます。

ジョン・セバーソン氏は1933年生まれの…えーと今年81歳ですね。今も元気にマウイ島に暮らしています。

ジョン・セバーソンは13歳でサーフィンを始め、美術学校へ進みサーフィンを題材とした作品を描き始めます。


やがてサーフィンの写真を映像を撮り始め、初期のサーフィン映画製作者の1人となります。映画「ビッグ・ウェンズデー」はジョン・セバーソンが作った同名の作品にジョン・ミリアスがインスパイアされて作られた話は有名です。

その他、GOING MY WAVE、SURF SAFARIなどがあります。ホームページのポスターコーナーをご覧ください。

写真や映像がたまってくると、今度はそれを本にしたくなるのが人情というもの。今でも続いている、サーファー・マガジン誌を1960年に創刊します。

右はロン・ストナーのランスカーソンですね。ロン・ストナーなどのフォトグラファーを見出したのもジョンセバーソンです。

これもたしかロン・ストナー。


これはジョン・セバーソンの写真、イラストも彼です。リンコンのケンプ・オバーグ。一目でわかるスタイル。ハリウッドの「ビッグ・ウェンズデー」の脚本を書いたのは彼のお兄さんのダニー・オバーグ。


この有名な写真もジョン・セバーソンが撮影しました。グレッグ・ノール。


右下はサンセットのジョン・セバーソン。たしかサーファーマガジン、創刊号の写真です。61年のペルーインターナショナルで優勝するなど、サーフィンの方もすごいのです。


ミキ・ドラ、シークエンス。


ジョン・セバーソンのサーフヴィークル、サンセット・スペシャル。本人のペイント。写真はバジー・トレント。


サーファーマガジンのレイアウト。貴重な写真です。編集室には、ジョンセバーソン、ドリューカンピオン、リックグリフィン、ロンストナー、ミキ・ドラ(インタビューでもしたんでしょう)、アート・ブリューワーらの顔が…

リックグリフィンを見出したのもジョンセバーソン

ジョンセバーソンの1970年作品、パシフィック・バイブレーションのワンシーン(メネフネのショップの入り口にポスター飾ってあるやつです)リックグリフィンがバスにペインティングするシーンです。

ちょっと前までのサーフムービーではお約束のシーンでしたが、これもジョンセバーソンが最初なんですね。この映画、素晴らしいんですが音楽の著作権かなんかの関係でDVDに出来ないらしいです。もったいない…。

ジョンセバーソンは71年にサーファーマガジンを売ってマウイ島へ移住。自分で家を建て(その写真も出ています)今でもアーティストとして暮らしています。


前書きはこの方、ジェリー・ロペス アラモアナ 1971


こんな感じで212ページ、キリがありません。

ジョン・セバーソン「SURF」はホームページからどうぞ!









昨日のブログの最後でボンザーのことを書いたら何となく読みたくなって、73年のSURFERマガジンを引っ張り出して、ビング・コープランドとマイク・イートン、ダンカン、マルコムのキャンベル兄弟の対談を読み返してみました。


個人的な感想なのかもしれませんが、海でたくさんの種類のサーフボードを目にする中で、どうしてなのかボンザーは目にする機会が少ないように思います。

調子いいんですけどね~。

ボンザーは、1970年ごろからキャンベル兄弟によって作られはじめました。彼らのお父さんが、船舶技師で特に船のスピードを上げることに熱意を持っており、そのスピード理論をサーフボードのボトムに応用したのがボンザーデザインです。

三枚のフィンを持った始めてのサーフボードのひとつですが、のちのサイモン・アンダーソンのトライフィンとはリンクはありません(無関係とは言い切れませんが)

前方のコンケーブからセンターフィンの前にある二枚のウィングの間に水の流れを取り込んで、ウィングによって後方へ噴出させてスピードをアップさせる理屈です。ベンチューリとベルヌーイの定理だと言いますが、その辺は私のアタマでは理解不能です。


キャンベル兄弟はあちこちのサーフボード工場へこのデザインを持ち込みますが、その理論の確かさを理解したのはマイク・イートンだけだったと言っています。こうして1973年にビング・ボンザーが誕生します。

マイク・イートンはボンザーの性能の確かさを裏付けるひとつの話として、ノーズショアのサンセットビーチでの出来事をあげています。

ハワイアンサイズで8フィートのサンセットで、ミスターサンセット、ジェフ・ハックマンを6’6”のボンザーに乗せます。当時としては標準の長さだった7’2”のジェフ・ハックマンのシングルフィンを借りてマイク・イートンは沖へ出ますが、ジェフ・ハックマンはあきらかにいつもより速いスピードでサンセットの波を滑り、二時間半のセッションの間、自分のボードと取替えにくることはなかったそうです(そのあとジェフ・ハックマンはボンザーに乗るようになります)


実際、ボンザーに乗ると分かりますが、あきらかにターンは伸びてスピードも出ます。テイクオフも速くなります。よりマニューバをしたければ、5フィンのボンザーがあります。

それではどうしてボンザーがもっと出回らないのか?おそらく見た目のせいだと思います。知らない人は大抵「引っかかりそう」と言います。本当は逆なんですけど…

対談の中でマイク・イートンも言っています。キャンベル兄弟のボンザー理論をどれだけ(口頭や紙の上で)説明しても、この風変わりな外観のボードが海で機能するとは信じられないだろうと。

なんだか今も昔も変わらないと思いました。

そんな優れたデザインがどうして今でもマイナーなままなんだと疑問に思うかもしれません。73年にビングボンザーが誕生したあと、ビングサーフボードはあるサーフボードメーカーに買収されます。キャンベル兄弟は権利を買ったそのボードメーカーが、「にせもの」のボンザーを作るのに全く口を出せなくなってしまうのです。

76年には全てが消え去ったと、マット・ワーショウはサーフィン・エンサイクロペディアに書いています。80年代に入って、よりマニューバ性が高い5フィンのボンザーが作られますが、トライフィン、コンテスト全盛の時代の流れはあまりにも大きすぎたと思います。

ボンザー乗ったことありますか?乗ってみる価値が多いにあるボードデザインです。私は、KK BEANで3フィンのボンザー作ってもらおうと思ってます。



ボンザー興味ある方は、こちらもどうぞ。マルコム・キャンベル氏のインタビューです。




さて、今日到着のこのウェットは自分用。ショートジョン。クラシックなカラーでいいでしょ?


このショートジョンを着て、68年製のVEEボトムに乗ったら、気分はまさにEVOLUTIONです。




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