MENEHUNE BEACH STORE 店主のブログ
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プロフィール
HN:
menehune
年齢:
47
性別:
男性
誕生日:
1964/09/15
職業:
サーフショップやってます
趣味:
ランニング、作文、お絵かき、料理、丸太切り、丸太割り、波乗り
自己紹介:
脱サラサーフショップオーナーは、会社勤めの頃の方が波乗りたくさんできてたような気がしてます。でもその分、みなさんに楽しんでもらえればと日々サイトの更新、ブログ、メルマガ頑張っている毎日です。
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以前から私は自分のことを「反原発主義者」だと公言してきました。そうなったのは、自分が被爆二世だという生い立ちのせいです。
子供のころに感じていた漠然とした形のない恐怖。自分が普通の人と同じように大人になるまで健康に生き、そして結婚して健常な子供を作ることができるのだろうか?という自分の身体と自分の未来にたいする恐怖です。
そんな感性を持って成長してきた私が、原発への反対の声に強く耳を傾け同調していったのは自然な成り行きだったとご理解いただけると思います。
でも、ここに来て考え方が少し変わってきている自分に気が付きました。
その気持ちは今回の原発事故に対する世の中の反応、特に原発反対派と思われる人たちの発言を聞くにつれ高まっていきました。
原発の危険性を強調し不安を煽るような反原発の人たちの発言のほとんどが、いまの状況に不安や悲しみを抱いている人たちを余計に傷つけているように思いました。
それはもしかすると、自分が幼いころに感じていた形の無い、つかみどころのないあの恐怖と同じだと気が付いたら涙が出てきました。そんなやり方は間違っています。
今は非常時で、皆が協力しあって電気を節約して原発の電気が無くてもなんとかやっていますが、今のこの状況をこれからずっと続けていくことはできません。それにはやはり電気が必要です。
原発は、いったん事故が起こってしまうとどれほどの被害があるのかということは身をもって体験しています。食べ物と水が汚染されたら私たちは生きていけません(どれだけの食べ物が汚染廃棄されるのかと思うと悲しくなります。食べ物=命なのです)
事態はまだまだ収束していませんし、自分の土地を追われている原発周辺の住民の方たちが大勢いらっしゃいます。しかもあの原発の電気を使っていたのは東京、神奈川など関東圏の都市です。
リスクは遠くに置いて、恩恵だけを受けるという構造はあるべきではないと思うし、そんな構造ができていったのはそれが原子力発電だからと考えざるを得ません。
これからは地熱、太陽光、風力など新しいエネルギーにもっと目をむけていくべきだと思います。現在使っている電気の総量の約30パーセントが原子力です。電力総量のいくらかは皆で頑張って節電で減らせるはずです。そして不足する電力をとりあえず原子力で補い、段階的に新しいクリアなエネルギーに移行していくのです。
原子力発電をすぐになくしてしまうのは無理です。私たちの子供、孫、そしてその子供たちの世代へむけて長期的な視野を持って真剣に取り組んでいくべき問題だと思います。
原発反対には変わりありませんがこれからは反原発ではなく、(他にいい言葉が出てこないのですが)脱原発主義という立場で原発のことを考えて行きたいと思っています。
イメージしてみてください。
ウラン、プルトニウムから太陽や風の力へ。
それこそ子供のころに想像していた未来の姿かもしれません。

さっきこられたお客さんは「吉浜行ってきました!」と言っておられましたが、みなさんはどうですか?
被災された方のことを思うと「波乗りなんかしている場合じゃない」という気持ちがわいてくると思います。でも通勤の大変さや節電、停電といつもと違う状況の中での仕事はいつもよりもストレスも多く、余震やこれからのことなど自分でも気がつかないうちに精神的にダメージを受けているかもしません。
そんなときに自分たちも海から元気をもらうことは許されるのではないかと思います。そろそろ少しずつ、自分たちのことも考えてもいいのではないかと思っています。
子供のころに感じていた漠然とした形のない恐怖。自分が普通の人と同じように大人になるまで健康に生き、そして結婚して健常な子供を作ることができるのだろうか?という自分の身体と自分の未来にたいする恐怖です。
そんな感性を持って成長してきた私が、原発への反対の声に強く耳を傾け同調していったのは自然な成り行きだったとご理解いただけると思います。
でも、ここに来て考え方が少し変わってきている自分に気が付きました。
その気持ちは今回の原発事故に対する世の中の反応、特に原発反対派と思われる人たちの発言を聞くにつれ高まっていきました。
原発の危険性を強調し不安を煽るような反原発の人たちの発言のほとんどが、いまの状況に不安や悲しみを抱いている人たちを余計に傷つけているように思いました。
それはもしかすると、自分が幼いころに感じていた形の無い、つかみどころのないあの恐怖と同じだと気が付いたら涙が出てきました。そんなやり方は間違っています。
今は非常時で、皆が協力しあって電気を節約して原発の電気が無くてもなんとかやっていますが、今のこの状況をこれからずっと続けていくことはできません。それにはやはり電気が必要です。
原発は、いったん事故が起こってしまうとどれほどの被害があるのかということは身をもって体験しています。食べ物と水が汚染されたら私たちは生きていけません(どれだけの食べ物が汚染廃棄されるのかと思うと悲しくなります。食べ物=命なのです)
事態はまだまだ収束していませんし、自分の土地を追われている原発周辺の住民の方たちが大勢いらっしゃいます。しかもあの原発の電気を使っていたのは東京、神奈川など関東圏の都市です。
リスクは遠くに置いて、恩恵だけを受けるという構造はあるべきではないと思うし、そんな構造ができていったのはそれが原子力発電だからと考えざるを得ません。
これからは地熱、太陽光、風力など新しいエネルギーにもっと目をむけていくべきだと思います。現在使っている電気の総量の約30パーセントが原子力です。電力総量のいくらかは皆で頑張って節電で減らせるはずです。そして不足する電力をとりあえず原子力で補い、段階的に新しいクリアなエネルギーに移行していくのです。
原子力発電をすぐになくしてしまうのは無理です。私たちの子供、孫、そしてその子供たちの世代へむけて長期的な視野を持って真剣に取り組んでいくべき問題だと思います。
原発反対には変わりありませんがこれからは反原発ではなく、(他にいい言葉が出てこないのですが)脱原発主義という立場で原発のことを考えて行きたいと思っています。
イメージしてみてください。
ウラン、プルトニウムから太陽や風の力へ。
それこそ子供のころに想像していた未来の姿かもしれません。
さっきこられたお客さんは「吉浜行ってきました!」と言っておられましたが、みなさんはどうですか?
被災された方のことを思うと「波乗りなんかしている場合じゃない」という気持ちがわいてくると思います。でも通勤の大変さや節電、停電といつもと違う状況の中での仕事はいつもよりもストレスも多く、余震やこれからのことなど自分でも気がつかないうちに精神的にダメージを受けているかもしません。
そんなときに自分たちも海から元気をもらうことは許されるのではないかと思います。そろそろ少しずつ、自分たちのことも考えてもいいのではないかと思っています。
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メネフネの店がある町田でも外気温はただいま2℃。ドライスーツコンディションです(明日は波上がりそうですね)裏山トレイルはすっかり雪景色。子供がすごい勢いでそりで滑っていましたが雪板で遊べそうな雪です(借りてくればよかった)

朝は少しのあいだだけ晴れ間がのぞきました。今晩の薪を補充にいくと裏山の雪が朝日に映えて美しく輝いていました。

昨日、「明日が楽しみです」と書いた「楽しみ」はこれでした。

雪だるまです。
雪が降ると毎年張り切って作ります。でも今年は少し小さめ。雪が溶けてしまっていつもより積雪が少ないのです。
昨日くらいの雪ならもっと積もっていいはずなのに、地面に落ちた雪がかなり溶けてしまってあんまり積もりませんでした。
庭の植物にもいつもと違うことを感じています。いつもなら年末までには寒さで枯れてしまうはずの、つる性の植物がいまだに緑のままで、緑の葉に雪が積もっていました。
それから薪。薪の中にはカミキリ虫の幼虫が住み着くことがあるのですが、今年は特に多いみたいです。薪をかじってトンネルを掘りながら住んでいて、かじりカスの粉が出るので虫がいるのがわかるのですが、その粉の量が今年はすごいのです(=虫がたくさんいるということです)
山ではこのカミキリ虫の幼虫がいままでいなかった、標高が高いところの木にも発生して幹をかじっているという話も聞きます。
身体に感じる寒さには確かに例年の厳しさと同様のものがありますが、人の感覚では気が付かない部分で変化がある(気温が上がっている)のかもしれないと思っています(もしくは、昨年の長く厳しい夏の暑さがなんらかの形で関係しているのか…)
街中に暮らしているとそんな変化には気が付きにくいものですが、どだい人間は動植物の生態系や自然環境(エコロジー)にそれほど関係なく、住居や衣服などで住環境を作り出してたいていの場所で生きていける生き物ですから、(「生態系や環境」という意味での)エコロジーにはどちらかと言えば鈍感な生き物なのだと思います。
同じエコでもエコノミーには敏感で…と言ってしまうとただ揶揄したみたいになってしまいますけれど、エコロジーに対する敏感な感性を忘れないように持っていたいものだと思います。
雪の冷たさに真っ赤になった手をストーブの火で暖めながら、そんなことを考えていました。
今年の我が家の雪だるまは、おなかにロウソクを入れて灯をともせる穴を三つ作ってみました。今晩、やってみます。
さて、話は変わってウェットの生地にこんなパターンをプリントしてみました。想像以上にきれいな発色です。

なにが出来上がるかは、もう少しのあいだヒミツです。
朝は少しのあいだだけ晴れ間がのぞきました。今晩の薪を補充にいくと裏山の雪が朝日に映えて美しく輝いていました。
昨日、「明日が楽しみです」と書いた「楽しみ」はこれでした。
雪だるまです。
雪が降ると毎年張り切って作ります。でも今年は少し小さめ。雪が溶けてしまっていつもより積雪が少ないのです。
昨日くらいの雪ならもっと積もっていいはずなのに、地面に落ちた雪がかなり溶けてしまってあんまり積もりませんでした。
庭の植物にもいつもと違うことを感じています。いつもなら年末までには寒さで枯れてしまうはずの、つる性の植物がいまだに緑のままで、緑の葉に雪が積もっていました。
それから薪。薪の中にはカミキリ虫の幼虫が住み着くことがあるのですが、今年は特に多いみたいです。薪をかじってトンネルを掘りながら住んでいて、かじりカスの粉が出るので虫がいるのがわかるのですが、その粉の量が今年はすごいのです(=虫がたくさんいるということです)
山ではこのカミキリ虫の幼虫がいままでいなかった、標高が高いところの木にも発生して幹をかじっているという話も聞きます。
身体に感じる寒さには確かに例年の厳しさと同様のものがありますが、人の感覚では気が付かない部分で変化がある(気温が上がっている)のかもしれないと思っています(もしくは、昨年の長く厳しい夏の暑さがなんらかの形で関係しているのか…)
街中に暮らしているとそんな変化には気が付きにくいものですが、どだい人間は動植物の生態系や自然環境(エコロジー)にそれほど関係なく、住居や衣服などで住環境を作り出してたいていの場所で生きていける生き物ですから、(「生態系や環境」という意味での)エコロジーにはどちらかと言えば鈍感な生き物なのだと思います。
同じエコでもエコノミーには敏感で…と言ってしまうとただ揶揄したみたいになってしまいますけれど、エコロジーに対する敏感な感性を忘れないように持っていたいものだと思います。
雪の冷たさに真っ赤になった手をストーブの火で暖めながら、そんなことを考えていました。
今年の我が家の雪だるまは、おなかにロウソクを入れて灯をともせる穴を三つ作ってみました。今晩、やってみます。
さて、話は変わってウェットの生地にこんなパターンをプリントしてみました。想像以上にきれいな発色です。
なにが出来上がるかは、もう少しのあいだヒミツです。
ある農学校で暮らしている柔らかな舌を持ち人間の言葉を流暢に話す豚。自分の身体が白金に例えられたのを耳にして、自分の体重を白金に換算するとどのくらいの価値があるのかをすぐに計算できる豚のお話。
平和に暮らしていた豚はある日、家畜撲殺同意調印法という法律に従って死亡承諾書になかば強引に同意させられてしまいます。自分の運命を計りかねて嘆き悲しむ豚は食欲を失いますが、痩せることを許されずに強制的に飼料を食べさせられ肥らされます。
悲しみと恐怖で苦悩の生活を送っていた豚は「たまには散歩でもどうですか?」と誘いだされ、歩いている最中に突然鉄槌で頭をくだかれて殺されてしまいます。そして小刀で八つに分解された身体が雪の中に一晩漬けられるところで物語が終わる「フランドン農学校の豚」というお話。
それから、知的障害を持っているために、いつも子供たちにばかにされている虔十(けんじゅう)という名の男のお話。
虔十はある日、自分の家の裏の野原に杉の苗700本を植えたいと両親にお願いをします。その場所はどうやっても木が育つような場所ではなかったのですが、父親は息子の初めての願い事に彼の言うことを聞いて杉の苗を買って与えます。
回りの住民からは「そんな土の良くないところに植えても育つはずが無い」と馬鹿にされますが、虔十は喜んで苗の世話をします。
5年経っても相変わらず丈が伸びない杉の苗に、村人たちは虔十のことをやはり馬鹿だ馬鹿だと笑い者にするのです。
けれども、丈が伸びなくても丁寧に枝打ちされた杉の苗の林は隣接する小学校の子供たちの格好の遊び場所になり、毎日毎日子供たちが集まる場所になっていきます。
虔十は子供の遊び場になったのを喜びながら、苗を植えた5年目の秋にチフスに罹って死んでしまいます。
それから20年の年月が経って、村にはたくさんの建物や工場ができ発展しいつのまにか大きな街になってしまいましたが虔十が植えた杉の林だけはそのまま残りました。
子供たちはその間も変わらず背丈が伸びない杉の林の木々の間で遊びまわっていたのです。
ある日その村から出てアメリカの偉い博士になった人物が里帰りしてきます。村はすっかり様変わりして住む人も変わり、昔のおもかげは全く残っていません。
そんな中でただ一つだけ昔のまま変わらずに残っていた場所は虔十が植えた背が伸びない杉の林だけだったのです。そこでは相変わらず子供たちが遊んでいました。偉い博士は自分が子供のころに遊んでいたのと同じ光景を見てとても驚き、喜びます。
そして知的障害から、子供心に馬鹿にしていた虔十のおかげで自分たちの遊び場があったことを知り、彼のおかげで今の自分があることに気が付きます。そしてこんな言葉を口にするのです。「ああ、全くだれがかしこくだれがかしこくないかはわかりません…」
そしてかつてこの林で遊び、いまは立派な大人になった人たちからたくさんお金が集まり、その林は虔十公園林と名づけられ保存されることになったのです。
このお話は「虔十公園林」という短編。お話した二つの物語は、読みでは私と二文字違いの宮沢賢治の作品です。
子供の頃、10代の頃、何度となく読んだ宮沢賢治ですが改めて読み返してみると、40代後半に入った今の自分の心が一番強く共鳴しているようです。二つのお話には思わず泣いてしまいました。
宮沢賢治が書いた物語を読んでいると、美しく豊かでそして厳しい自然の中に自分も溶け込んでいくような気持ちにさせられます。エコロジーや自然環境ということも含めて、人が幸せに暮らしていくことはどういうことであるのかと自然のうちに考え理解することができるのではないかと思います。
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
宮沢賢治 風の又三郎

みなさんも読んでみてください。新編 風の又三郎
さて、寒そうですが明日は朝から出かけてみまひょうか。
平和に暮らしていた豚はある日、家畜撲殺同意調印法という法律に従って死亡承諾書になかば強引に同意させられてしまいます。自分の運命を計りかねて嘆き悲しむ豚は食欲を失いますが、痩せることを許されずに強制的に飼料を食べさせられ肥らされます。
悲しみと恐怖で苦悩の生活を送っていた豚は「たまには散歩でもどうですか?」と誘いだされ、歩いている最中に突然鉄槌で頭をくだかれて殺されてしまいます。そして小刀で八つに分解された身体が雪の中に一晩漬けられるところで物語が終わる「フランドン農学校の豚」というお話。
それから、知的障害を持っているために、いつも子供たちにばかにされている虔十(けんじゅう)という名の男のお話。
虔十はある日、自分の家の裏の野原に杉の苗700本を植えたいと両親にお願いをします。その場所はどうやっても木が育つような場所ではなかったのですが、父親は息子の初めての願い事に彼の言うことを聞いて杉の苗を買って与えます。
回りの住民からは「そんな土の良くないところに植えても育つはずが無い」と馬鹿にされますが、虔十は喜んで苗の世話をします。
5年経っても相変わらず丈が伸びない杉の苗に、村人たちは虔十のことをやはり馬鹿だ馬鹿だと笑い者にするのです。
けれども、丈が伸びなくても丁寧に枝打ちされた杉の苗の林は隣接する小学校の子供たちの格好の遊び場所になり、毎日毎日子供たちが集まる場所になっていきます。
虔十は子供の遊び場になったのを喜びながら、苗を植えた5年目の秋にチフスに罹って死んでしまいます。
それから20年の年月が経って、村にはたくさんの建物や工場ができ発展しいつのまにか大きな街になってしまいましたが虔十が植えた杉の林だけはそのまま残りました。
子供たちはその間も変わらず背丈が伸びない杉の林の木々の間で遊びまわっていたのです。
ある日その村から出てアメリカの偉い博士になった人物が里帰りしてきます。村はすっかり様変わりして住む人も変わり、昔のおもかげは全く残っていません。
そんな中でただ一つだけ昔のまま変わらずに残っていた場所は虔十が植えた背が伸びない杉の林だけだったのです。そこでは相変わらず子供たちが遊んでいました。偉い博士は自分が子供のころに遊んでいたのと同じ光景を見てとても驚き、喜びます。
そして知的障害から、子供心に馬鹿にしていた虔十のおかげで自分たちの遊び場があったことを知り、彼のおかげで今の自分があることに気が付きます。そしてこんな言葉を口にするのです。「ああ、全くだれがかしこくだれがかしこくないかはわかりません…」
そしてかつてこの林で遊び、いまは立派な大人になった人たちからたくさんお金が集まり、その林は虔十公園林と名づけられ保存されることになったのです。
このお話は「虔十公園林」という短編。お話した二つの物語は、読みでは私と二文字違いの宮沢賢治の作品です。
子供の頃、10代の頃、何度となく読んだ宮沢賢治ですが改めて読み返してみると、40代後半に入った今の自分の心が一番強く共鳴しているようです。二つのお話には思わず泣いてしまいました。
宮沢賢治が書いた物語を読んでいると、美しく豊かでそして厳しい自然の中に自分も溶け込んでいくような気持ちにさせられます。エコロジーや自然環境ということも含めて、人が幸せに暮らしていくことはどういうことであるのかと自然のうちに考え理解することができるのではないかと思います。
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
宮沢賢治 風の又三郎
みなさんも読んでみてください。新編 風の又三郎
さて、寒そうですが明日は朝から出かけてみまひょうか。
今日はLSDトレーニング。仕事前はあんまり長い時間は無理なので2時間ポッキリ走ってきました。3日間カラダを休ませていたので調子いいです。最近は続けて走ってしまうと疲れが抜けず、逆に調子悪くなってしまうのでカラダを休めることを意識して、メリハリをつけてトレーニングするようにしています。
山道には遅かった彼岸花も咲いて、コスモスもそろそろ花盛りです。秋を感じさせる花々が咲いて、普段はどこにあるのかわからないキンモクセイの木も、今の時期だけはその存在感を香りに乗せて強く主張しています。朝、部屋の窓を開けたときに、キンモクセイの香りがどこからともなく涼しい風に乗って漂ってくると「ああ、秋がきたなあ」という気持ちになります。
都心の高層マンションではお隣のトイレから漂ってきたりもするのかもしれませんが、あの香りです。
里も山もすっかり秋めいて、走るのが気持ちいい季節になってきました。
先日の日曜に散歩しながら撮った写真です。都会のオフィスで仕事をされている方、息抜きにでも眺めてください。
いい天気。夏の暑さもようやく和らいで、外を出歩くのが気持ちがいいです。

ムラサキシキブはきれいな紫色の実をつけました。

ちいさなシジミ蝶が花の蜜を吸っています。先週のあの土砂降り、台風の強風のとき彼らはどこに身を隠しているんでしょう?羽がやぶれていますが元気に飛んでいました。小さな命ですが強いものです。

名前も知らない山野草の花。

秋桜

これもコスモスのなかまです。洋服にくっつく種ができます。

暑さに負けず、立派な稲穂が垂れています。お米の香りがあたりにプンプンと漂ってゴハン炊いているみたいです。

米農家の生まれではありませんが、DNAに響いてくる光景です。やっぱり日本人ですねえ。

イエイ!

ススキもようやく…です。お月見のときはまだススキ、穂を出していませんでしたから。

これ、知ってますか?ニラの花です。つぼみのときに収穫すると美味しくいただけます。庭にもニラ生えていますが、花が咲くと全部切ってしまいます。なぜかというと、そのままにしておくと庭がニラだらけになるから。

ジンジャーリリー。いい香りです。

ダチュラ。エンジェルトランペット。毒性が強い植物ですが、好きな花です。ランニングのルート途中に大きな立派な株があって、毎年花を楽しませてくれます。江戸時代の医者、華岡青洲はダチュラを使って麻酔薬を作り出しました。

里山を歩いていると、稲刈り、彼岸花、コスモス、キンモクセイの香りの他に秋を感じさせてくれる生き物に出会います。夏よりも鮮やかな赤色になって田んぼの上を飛ぶ赤とんぼです。
秋ですね~。
イモクリカボチャも美味しい幸せな季節です。
山道には遅かった彼岸花も咲いて、コスモスもそろそろ花盛りです。秋を感じさせる花々が咲いて、普段はどこにあるのかわからないキンモクセイの木も、今の時期だけはその存在感を香りに乗せて強く主張しています。朝、部屋の窓を開けたときに、キンモクセイの香りがどこからともなく涼しい風に乗って漂ってくると「ああ、秋がきたなあ」という気持ちになります。
都心の高層マンションではお隣のトイレから漂ってきたりもするのかもしれませんが、あの香りです。
里も山もすっかり秋めいて、走るのが気持ちいい季節になってきました。
先日の日曜に散歩しながら撮った写真です。都会のオフィスで仕事をされている方、息抜きにでも眺めてください。
いい天気。夏の暑さもようやく和らいで、外を出歩くのが気持ちがいいです。
ムラサキシキブはきれいな紫色の実をつけました。
ちいさなシジミ蝶が花の蜜を吸っています。先週のあの土砂降り、台風の強風のとき彼らはどこに身を隠しているんでしょう?羽がやぶれていますが元気に飛んでいました。小さな命ですが強いものです。
名前も知らない山野草の花。
秋桜
これもコスモスのなかまです。洋服にくっつく種ができます。
暑さに負けず、立派な稲穂が垂れています。お米の香りがあたりにプンプンと漂ってゴハン炊いているみたいです。
米農家の生まれではありませんが、DNAに響いてくる光景です。やっぱり日本人ですねえ。
イエイ!
ススキもようやく…です。お月見のときはまだススキ、穂を出していませんでしたから。
これ、知ってますか?ニラの花です。つぼみのときに収穫すると美味しくいただけます。庭にもニラ生えていますが、花が咲くと全部切ってしまいます。なぜかというと、そのままにしておくと庭がニラだらけになるから。
ジンジャーリリー。いい香りです。
ダチュラ。エンジェルトランペット。毒性が強い植物ですが、好きな花です。ランニングのルート途中に大きな立派な株があって、毎年花を楽しませてくれます。江戸時代の医者、華岡青洲はダチュラを使って麻酔薬を作り出しました。
里山を歩いていると、稲刈り、彼岸花、コスモス、キンモクセイの香りの他に秋を感じさせてくれる生き物に出会います。夏よりも鮮やかな赤色になって田んぼの上を飛ぶ赤とんぼです。
秋ですね~。
イモクリカボチャも美味しい幸せな季節です。
台風9号は午後3時現在、熱帯低気圧に変わって静岡県にいます。天気図だと静波のあたりかな。予想より早まって今日中に東海上へ抜けていきそうです。
少しだけ波を送り込んでくれた台風9号は一月ぶりの雨も関東地方にもたらしてくれました。山の緑が心なしか鮮やかになったように感じました。野菜を育てている人たちにとっては、待ちに待った恵みの雨になったはずです。
ときに大きな被害をもたらして人の命を奪うこともある台風ですが、海水をかき混ぜて、上がりすぎた海水温を下げたり、今回のように恵みの水を与えてくれる存在でもあります。
台風にも役割があるのです。私たちはその下でただ暮らしているだけなのです。
夏の空気を南へ押下げて、大陸の涼しい乾いた空気をもたらして、季節を夏から秋へと移り変わらせるのも台風です。台風一過の気持ち良い天気を思い出してみてください。
北陸から関東地方へやってきた今回の台風のコースも変でしたが福井県から台風が上陸したのは観測史上初だそうです。台風がひとつ通り過ぎていくたびに空気が澄んで、秋が深まっていくように感じていたのもなんだか昔のことになってしまったような気がします。
自然に対して迷惑をかけっぱなしの人間ですが、南の海からやってきた台風9号は雨を降らせてくれました。大粒の雨の中で植物たちも喜んでいるように見えました。
このまま秋の空気が来てくれるといいですね。
photo from earth science picture if the day

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